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青嵐俳談

公開日:2022.12.02

[青嵐俳談]森川大和選

 本格的な冬支度。居間は電気カーペットと石油ストーブ。書斎のハロゲンヒーターに、寝室のオイルヒーター。玄関にカセットガスストーブ。庭では落葉と焼芋を焚き、廊下の奥には腰高の聖樹とサンタ。

 【天】

キリル文字うねるアイスホッケーの手茨城   眩む凡

 スラブ系民族の使用するキリル文字。ロシアにはアイスホッケーのプロリーグがある。ごわごわとした大きなユニフォームからシュートが放たれるとき、振り抜かれた両腕と長いスティック。瞬く間に網を射るパック。残すのは約170グラムのゴム製の、弾の影。どうか平和を謳歌する命を、敵味方なく守り給え。

 【地】

寝る牛の毛にとらわるる綿虫も北海道 北野きのこ

 綿虫の憐れ。元々1週間の寿命のうえ、何かに付着すればもう飛ぶことすらできぬ綿虫。余命の計らいを牛に託し、祈りのように北の大地に雪を呼ぶ。知らぬ存ぜぬ牛の長閑。牛も虫も人も、一命。

 【人】

敗蓮に青き風船落ちてゐる福岡    横縞

 シュールレアリスムのマグリットの絵画手法めく。休眠期の蓮にとって風船は前の春の記憶か、次の春の夢想か。ただ枯れた荒涼たる風景に詩が落ちてゐる。

 【入選】

横浜やマスクの中の濡れた歌長野   藤雪陽

クリスマス赦す以外の選択肢神奈川  ノセミコ

署名して点を打つ癖冬隣佐賀  杢いう子

落葉みな落葉となるを選びしか神奈川  高田祥聖

凩や解剖図めくフロアガイド同 長谷川水素

冬麗やバーニャ・カウダの芥子色大阪   ゲンジ

三日月の工期は君と映画館静岡   真冬峰

講義するチョーク弾けて木の葉散る滋賀   乾岳人

焼芋の皮の湿りや夜直室ノートルダム清心女子大 羽藤れいな

八百万の神の蹴る蹴る冬の波岡山    ギル

神様は創りっぱなし冬の蝶青森 夏野あゆね

三人は胡桃を持ったまま話す秋田  吉行直人

中空を電波飛び交ふ蓮の骨東京  早田駒斗

文学は天文学に似て初雪大阪大   葉村直

蕁麻疹ふっと消えたる雪催京都大   武田歩

夜神楽や新聞の上に胡坐して東京  加藤右馬

薯の端をゆつくり噛む力立教池袋高    米故

子と居りて詩を佇つ心地寒すばる茨城  五月ふみ

それぞれの傘に水深冬の雨大阪  すいよう

赤本の厚ささまざま朝の秋弘前高  新谷桜子

小春日やバリウム飲んで右を向く静岡 桃園ユキチ

 【嵐を呼ぶ一句】

冬晴や被曝マグロの墓築地千葉 平良嘉列乙

 広島、長崎に続き、核の犠牲者が出た68年前の第五福竜丸事件。その時に水揚げされたマグロの一部が、築地市場の一角に埋葬された。市場の移転後、だだっ広い更地になった築地。冬晴の空が広く見える。

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