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青嵐俳談

公開日:2022.11.25

[青嵐俳談]神野紗希選

 「作者の詠嘆が詠嘆のまま終わらずに、季語の持つエネルギーとすりかわる。作者が最後のところで身を引くのだ」「この節操と矜持が俳句の精神であり、作者の性向に関係なく、俳句形式に本来備わっている」(正木ゆう子『起きて、立って、服を着ること』)。俳句に季語が必要な理由の考察。節操と矜持が生む諧謔。

 【天】

産声や世界をつくりなほす雪大阪  すいよう

 聞こえるのは、どこかで生まれた赤ん坊の産声か、世界そのものの産声か。あまねく全てを覆う雪は、世界を創り直すための、大いなる意志の表れかもしれない。雪を仰ぐときの畏怖、冬という再生を待つ季節。

 【地】

無花果にをさまる夜の明かりかな東京  早田駒斗

凍蝶や水を注げば音楽に大阪   ゲンジ

 駒斗さん、たしかに、無花果の赤い暗がりは、秋の夜の暗い灯と等価だ。「をさまる」の描写も、不思議でひそやか。ゲンジさん、注ぐ水が音楽をなすさまに、細部から生まれる美を思う。凍蝶も音楽となり解放されるか。凍蝶、水、音楽の言葉が無限に響き合う。

 【人】

最近の若者皆しめじなり松山   菅野秀

モンブラン突きくづす間の憂ひかな福岡    横縞

 秀さん、しめじは均質に群れるがどんな料理にも馴染める。嘆くとも褒めるとも取れる「しめじ」の選択が絶妙だ。横縞さん、モンブラン=栗で秋。「憂ひ」が秋思も呼ぶ。「突きくづす」の複合動詞の確かさ。

 【入選】

曇天やホットミルクの膜掬う岡山    ギル

閂の固く錆びつく秋思かな三重 多々良海月

人咬みし虎へ冷たき麻酔銃長野   藤雪陽

湖風を掬へば秋虹のかけら名古屋大   磐田小

まだ職場ですか星とぶ帰路ですか神奈川  田中木江

小春日を点字用紙の詩が届く大阪大   葉村直

黒犀の光る往来冬の朝松山   川又夕

水道水あふるるコップクリスマス秋田  吉行直人

エゴと言われればそれまで冬林檎青森 夏野あゆね

自販機の五割コーヒー神の留守東温  高尾里甫

口笛と声の境や枯野道京都大   武田歩

時雨るるや前頭葉に血の集ふ東京  加藤右馬

母国語の星の名教え合う台風神奈川 にゃじろう

古塔から少し歩いて金木犀洛南高    杏夜

冬ざれの都会は平面を誇る大阪    詠頃

秋麗や漂着船の朽ちてをり済美平成   岡柳仙

失恋の日にもまんまる竈猫東京  桜鯛みわ

泣き止んで冬林檎剥く剥いて泣く茨城  五月ふみ

空きコマや読書の秋は卒論を東雲女子大  坂本梨帆

無花果は脳下垂体刺激する今治西高   四条逡

 【嵐を呼ぶ一句】

好きだけど蜜柑の剥きかたが違ふ神奈川  高田祥聖

冬の空マシュマロみたいな嘘ついた同  ノセミコ

 祥聖さん、好意を寄せる相手も自分と違う人間であることを、蜜柑の剥き方という些事に見出した。ノセミコさん、マシュマロのように甘く柔らかな嘘は、それでも嘘だと、冬の空の冷たさがつきつける。いずれも、やわらかい違和に、繊細な現代性が宿る。

 

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