朱欒 しゅらん朱欒 しゅらん

青嵐俳談

公開日:2022.11.11

[青嵐俳談]神野紗希選

 私にはカーテンや給水塔に見えているものが、蛹や難破船に見える人もいる。日常に転がるありふれたものに、鋭く異質な光を見出せたなら。詩は、彼方ではなく、身ほとりの当たり前の奥にこそ光る。

 【天】

カーテンを蛹と思ふ秋の暮福岡  森優希乃

給水塔銀河に難破して我ら神奈川 長谷川水素

 優希乃さん、カーテン=蛹の発想に、くるまる戯れを思う。蛹なら何が生まれるか。季語「秋の暮」がカーテンの襞の陰影を深くする。水素さん、「我ら」は人間みんなを指すか。広い宇宙で難破したように、混迷を極める地球の今。給水塔の投入が新鮮だ。銀河に座礁する給水塔が、現代を象徴的に映像化する。

 【地】

街灯を背に秋濤の夜を撮る愛媛大    羅点

 「秋濤の夜を撮る」の詩的強度の高さ。街灯を背にすることで昏い光を負い、秋の海の闇が濃く沈む。

 【人】

砂は子の手を手たらしめ杜鵑草東京  山本先生

白鳥がいてみんないて君がいて長野   里山子

 山本先生、子どもの手を「手」たらしめているのは砂である…。砂遊びを哲学的に見つめ、手の本質を抽出した。杜鵑草が空間をリアルに立ち上げる。里山子さん、白鳥とみんなと君、すべてが揃っている、胸いっぱいの気持ち。その昂ぶりが白鳥を輝かせる。

 【入選】

冷ややかに海晴れあがる磁鉄鉱東京  早田駒斗

吉夢売る商人秋の灯のかすか茨城   眩む凡

秋晴やカカオの詰まる麻袋大阪   ゲンジ

接吻をして柚子味噌の苦味知る東京  加藤右馬

身のうちに月の重さや水の秋茨城  五月ふみ

靴紐の遠き臨月ポインセチア兵庫 染井つぐみ

朝まだきビニールに酢橘の呼吸同  西村柚紀

眠れない寂しくもないけれど秋東雲女子大  坂本梨帆

初時雨ゆつくり乾き没日かな済美平成   岡柳仙

ピラカンサ喰はれ地獄はたぶん晴れ神奈川  ノセミコ

十月の黙をほどいてゆく指揮者東京 はんばぁぐ

ポンジュース零れたような秋夕焼西条  金烏玉兎

蔵壁のはがれてゐたり秋の蜂名古屋大   磐田小

子のいない村や流れ星の無数

日本航空高 光峯霏々

職安のざらつくソファ秋の風沖縄 南風の記憶

肉と腑と骨と心や秋刀魚食ふ神奈川  高田祥聖

秋澄むやポンっと開けるからポン酢同 いかちゃん

北窓塞ぎ鱗粉のごとチョーク東温  高尾里甫

せうねんのりんごをばくだんにかへる大阪大   葉村直

とんび鳴く水族館の秋夕焼佐賀  杢いう子

椋鳥が風の譜面となる刹那西条   広瀬康

 【嵐を呼ぶ一句】

「山田くん、みんなの秋思持ってって」秋田  吉行直人

 テレビ番組「笑点」で長年、座布団を運ぶ山田隆夫さん。司会者が呼びかける「山田くん、みんなの座布団持ってって」のセリフの「座布団」を「秋思」に置き換えた。山田さんなら、私たちの秋思も、あっけらかんと運び去ってくれそう。秋思というウェットな季語を軽やかに超克する、楽しい挑戦の一句。

最新の青嵐俳談