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青嵐俳談

公開日:2022.11.04

[青嵐俳談]森川大和選

 ノットから垂れるディンプルの谷が崩れる日は、ネクタイが重たく感じる。襟の下を一巡りする摩擦も強い。チップの遊びが長くとも、滑らかに整えにくい。秋は爽やかであるがゆえ、敵は、時折の湿度。

 【天】

頁ごとに紙の重さよ台風圏東京 はんばぁぐ

 本の頁をめくろうと、紙背の中央に指の腹を当てたときに既に違う。紙が重く、滑らす指にざらつく。風が湿ると、今度は少しひっつく。何度も擦れる指のカーブ。台風も引っ掻くように近づいてくる。

 【地】

木犀や紙片あふるる母子手帳福岡  森優希乃

 いつまでも見返すのは胎児の頃のエコー写真。手形に足形、身長・体重曲線、予防接種記録。父親になる心得まで。シンプルに「木犀」と置いた上手さ。子ども一人一人にある紆余曲折を託した樹皮の荒々しさが効いた。無論花の芳しさも。同時作〈産道を探すつむじや天の川〉も季語が効いた。つむじまで星団めく。

 【人】

秋の野に陽の一叢を結へけり大阪    詠頃

 写生に留めない「結(は)ふ」の静謐な詩性を支持したい。この主観を作為と避ける人もあろうが、破綻の中に創作の自由を得た充実がある。「一叢」の言い方も、光が野に届く頃には、どことなく植物と化していて、結わえられる準備が整っている錯覚を与える。

 【入選】

文字になる途中の気持ち轡虫青森 夏野あゆね

龍淵に潜む激しい立ちくらみ弘前高 葛西麟太郎

桃の皮眩く朽ちる時計塔静岡   真冬峰

傘巻けば紫苑なだれてきませぬか大阪  すいよう

知床の漂着ごみに小鳥来る西条  金烏玉兎

蝉しぐれ世界がループしてるかも秋田  吉行直人

五秒後の鉄橋の果て曼珠沙華洛南高    杏夜

生を摘む音の軽やか茸狩神奈川  ノセミコ

狭い心だけど小鳥は飼っている大阪   未来羽

抱へたる頭蓋あたたか花畠九州大  長田志貫

夕霞誰の故郷にもなりきれず伯方分校 守田慎乃助

かまどうま此処がロドスだここで跳べ松山   菅野秀

ミサイルが運動会を外れけり神奈川 いかちゃん

ストーブやくせ字ゆたかな命名紙兵庫 染井つぐみ

運動会走ってばかりいる保育士千葉 平良嘉列乙

城主なき地の無限なる穴惑ひ松山   川又夕

胡麻刈るや紫雲の薄き天狗岳済美平成   岡柳仙

詠草をちぎつては書く夜のちちろ中国  加良太知

海底の潜水艦の夜長かな松山 ツナみなつ

鬼灯は人魚を食った口の赤日本航空高  光峯霏々

 【嵐を呼ぶ一句】

小鳥来るなにかのポイントが貯まる神奈川 長谷川水素

 小鳥までもが記号化されて、何かのポイントめく。狙いはこの違和感。高度にシステム化された日常への過信を、鎮静させる小鳥の美。健気さとたくましさ。

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