公開日:2022.09.30
[青嵐俳談]神野紗希選
咲く花をぼんやり「赤い花だなあ」と思うのと、くっきり「花たばこだなあ」と思うのでは、世界の解像度が違う。季語を知るとは、世界の解像度を上げること。季語にピントを合わせれば、見え方は変化する。
【天】
雨粒の球なすひかり花たばこ東京 早田駒斗
満月やみづに胎芽の透きとほる名古屋大 磐田小
駒斗さん、静かに雨を見つめた、絹のようにきめ細やかな世界。花たばこの季語が解像度をさらに上げ、誰も知らない美が一つ書き留められた。小さん、胎芽は妊娠9週までの赤ちゃん。この水は子宮の羊水だろう。満月の光は体を透過し胎芽へも届く。芽と書けば植物の類のよう。命はあまねく連なっているのだ。
【地】
「風は光らない」と閣議決定す秋田 吉行
いつからか政治の言い訳として、閣議決定で言葉の意味すら都合よく定義するようになった。そのうち春の季語「風光る」も否定される日が来るか。ディストピアはすぐそこ。それでも風は光ると詠み続けたい。
【人】
虫の音は星の遺灰で出来てゐる福岡 横縞
秋の風ポニーテールの毛先割れ愛知 紅紫あやめ
横縞さん、大胆な独断が詩を連れてきた。虫の鳴く闇は宇宙とひと繋がり。遺灰の語の寂しさも秋だ。あやめさん、下五の発見が非凡。秋風のまとう寂しさがポニーテールの毛先の割れとドライに響き合う。
【入選】
ミサンガの繋ぎ目細き秋の風洛南高 翔釉
留守番が長引きシャインマスカット済美平成 藤尾美波
火しづか釣り人しづか水の秋神奈川 いかちゃん
鶏頭の色ほど重き無力感松山 ツナみなつ
銃を持つ緊張に似て滴りぬ京都大 武田歩
鷺草や星触れ合つて立つ合図西予 えな
朝霧や自転車のおとみなしづか東温 高尾里甫
夏風邪やバトル漫画の端に余談松山 大助
鉄枷を外され象の踏む花野大阪大 葉村直
桃甘しきょうはだれかの百回忌岡山 ギル
生も死も虫籠をすり抜け臭ふ茨城 眩む凡
書き写す速度で降れば秋の雨同 五月ふみ
夜学出てかはるがはるの母音たち大阪 すいよう
明るくて未来ある町虫の声佐賀 杢いう子
アインシュタインの小さき驕りや天の川長野 藤雪陽
国葬にテディベアゐて秋の薔薇神奈川 高田祥聖
とりあへず急所確認をとこへし松山 川又夕
太りたる蕾も造花なる秋思三重 多々良海月
ももいろのリップをマスクずらし塗る神奈川 にゃじろう
爽籟の焦げ目つきたるソーセージ東京 加藤右馬
【あと一歩 青葉のスゝメ】
マレットを打ちつけ始まる秋冷東雲女子大 田頭京花
病室の窓から月見手術前東京 星野沙奈
類語を探すと推敲に役立つ。京花さん、「始まる」を言い換え〈マレットを打ちつけ秋冷の兆し〉とするとリズムが少し整う。沙奈さん、〈病室の窓から月見あす手術〉とすると「手術前」より緊張感が出る。