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青嵐俳談

公開日:2022.08.19

[青嵐俳談]神野紗希選

 明日から俳句甲子園の戦いが始まる。昨年、一昨年はパンデミックで通常開催が叶わなかったから、参加の高校生のほとんどは初めての全国大会。ゆたかな対話が生む言葉の化学反応を、存分に感じてほしい。

 【天】

さみしさやプールの水深が一定京都大   五月闇

命より国は重いか蝉生る茨城  五月ふみ

 人は何にさみしさを見出すか。五月闇さんは深さが一定のプールを挙げた。人工的な空間のどこへも行けぬ閉塞感。さみしさを泳ぐ。同時作〈さびしいよりさみしいがすき梨たべる〉も同主題。ふみさん、かつてお国のためと多くの命が使い捨てられた。今も個人の命を軽んじる例は事欠かない。戦後の名句〈国家よりワタクシ大事さくらんぼ 摂津幸彦〉を思いつつ、蝉の新たな命に一縷の希望を見たい。同時作〈汗つたい吾に背があり胸があり〉、今を生きる体がここに。

 【地】

蚊に吸われたのが私でよかったな神奈川 にゃじろう

 蚊に刺されるのは嫌だが、それでも他の人が刺されるくらいなら私でよかったと言える、自己犠牲の愛。あまりに優しいノーガードのつぶやきが胸に迫る。

 【人】

眼に焔ふたつたたへて踊りけり松山   川又夕

誘蛾灯見たいものだけ見る権利西条   広瀬康

 夕さん、眼に揺らぐ焔は意思。踊りにも命が宿る。康さん、SNSが個々の見たいものだけ表示する時代。その外にある真実として、誘蛾灯が暗く照る。

 【入選】

炎天や宝石商の黒鞄北海道 北野きのこ

ほうたるは魂置換してひかる松山  松浦麗久

宗教のやうにあかるきトマトかな関西大   未来羽

惑星の軌道風鈴買い替える松山  近藤幽慶

鉱石を割つてつめたき夏夜かな茨城  秋さやか

書類山盛りポテトはLで蝉飛び立つ松野 川嶋ぱんだ

白き歯を乗せトゥクトゥクの涼しさよ神奈川 長谷川水素

菜殻火の左端が星に触れてゐる東京  早田駒斗

ばらばらになつてもかなぶんはきれい神奈川  高田祥聖

わらしっこ帰ってからが祭だべ秋田 稲畑とりこ

夏蝶の飛んでも止まぬ非常ベル東雲女子大  坂本梨帆

なめくぢや耳より零れたるかたち兵庫 染井つぐみ

スプレーのくじらの壁画蝉時雨沖縄 南風の記憶

謝れぬ大人にブルーサルビアを名古屋大   磐田小

白玉の白と表象文化論九州大  長田志貫

空蝉や母が私を産んだ歳宮城    遠雷

木下闇ことばを握り返されて兵庫    果樹

夜学終え灯るや家も山の端も済美平成   岡柳仙

晩夏流木見つかるために来たんだろ同志社大   竹内優

 【あと一歩 青葉のスゝメ】

鳥獣慰霊碑の傍に満つ睡蓮今治  はくたい

瓶詰めのハラペーニョ増し夏の果鳥取 多歩右衛門

 はくたいさん、倒置法で〈睡蓮満つ鳥獣慰霊碑の傍に〉と調べを整えるか、〈睡蓮に鳥獣慰霊碑に雨が〉と並べるか。多歩右衛門さん、「増し」を加えて状況が分かりづらくなった。〈瓶詰めのハラペーニョ置く夏の果〉などシンプルに。俳句は引き算も大事。

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