公開日:2022.08.05
[青嵐俳談]神野紗希選
〈人も蟻も雀も犬も原爆忌 藤松遊子〉。明日8月6日は広島、9日は長崎の原爆忌。人、蟻、雀、犬、当たり前の命が全て奪われた瞬間を言葉は記憶する。
【天】
未来都市を鯨の花言葉とする大阪 すいよう
Rest in Peace 向日葵は泣かない日本航空高 光峯霏々
すいようさん、鯨は哺乳類だと思っていたが実は花で、象徴する花言葉が「未来都市」とは。たしかに鯨の静けさは植物的で、大きさは都市的、悠々と到来するなめらかさは未来的。霏々さん、「Rest in Peace」は安らかに眠れ、の意。向日葵はウクライナの国花だとも思い出す。泣かない向日葵は生きていく向日葵だ。同時作〈六月県庭市紫陽花町紫陽花〉、6月の庭を住所のように表した楽しさ。
【地】
蝉生まる水は流れるから光る長野 里山子
同時作〈安曇野の蜻蛉一日中遊ぶ〉のすこやかさ、〈泉湧くこころにことばおいつかぬ〉の抒情とともに安曇野のゆたかな水を詠んだ。地を流れる水に呼応して、生まれたての蝉の濡れた光が見えてくる。
【人】
空蝉に戻れる隙間ありにけり京都大 五月闇
はなみずも愛すようたた寝へ夕焼茨城 眩む凡
五月闇さん、蝉が羽化した後の殻の裂け目を「戻れる隙間」と見た。蝉もあの頃に戻りたいと思うだろうか。不可逆の命、ゆえの未生への憧れ。眩む凡さん、きたない鼻水も愛するという全肯定。どっとあふれる夕焼けのような愛がまぶしい。
【入選】
空蝉になれないままの固さかな名古屋大 磐田小
蜥蜴来てメメントモリと舌垂らす松野 川嶋ぱんだ
アマリリスひときは巨き方が西大阪大 葉村直
日射病龍のしつぽが垂れてゐる長野 藤雪陽
サンダルの水を溢して朝の月大阪 未来羽
えびせんと名付けしうみねこのこども宮城 遠雷
田水沸く暴力である多数決西条 広瀬康
空蝉のうちがは迷ふほど星霧神奈川 田中木江
八月の額縁の無き絵の震へ大阪 詠頃
Bボタン連打とめどなく流星秋田 吉行
万緑の強きあおさの母国語の松山 ツナみなつ
スプーンのうちがは夜の秋明けて東京 早田駒斗
曇天を補ふやうにすべりひゆ同 加藤右馬
けものとは風葬真清水を聴ける神奈川 いかちゃん
スナックの天井低し戻り梅雨秋田 稲畑とりこ
優曇華や地球は移民可の惑星松山 若狭昭宏
サマードレス恋は煌々と捨てよ静岡 真冬峰
うたた寝とうたたのあいだ外は喜雨岐阜 後藤麻衣子
ぢつとみるやうなまちでもないぜ夏熊本 夏風かをる
ビー玉に重なり合いし夏の月今治 京の彩
【嵐を呼ぶ一句】
シャワー浴ぶ世界はpara bellumへ大阪 ゲンジ
「para bellum」は「戦争の準備」を意味するラテン語の警句。シャワーを浴び肉体を強く意識するとき、戦争の気配がにわかに覆いかぶさる。