公開日:2022.07.22
[青嵐俳談]神野紗希選
傾向と対策とは、判断基準を他者にゆだねること。他者に学ぶことも大切だが、創作の指針はあくまで自身の中に培いたい。青嵐俳談は、傾向と対策から自由な句が多く、面白い。大いに突き進んで欲しい。
【天】
アイリスが悲しいときの犬の耳神奈川 塩谷人秀
アヤメ科のアイリスは、大きな花びらをたらんと咲かせる。その垂れ方が、悲しいときの犬の耳の垂れ方みたいだと見た。意外な二者の共通点。同時作〈鱧見つめる坪内稔典さんの眉〉も俳人・稔典と鱧の配合が楽しい。眉には表情が出る。さん付けも優しい。
【地】
USB失くしてとりまかき氷秋田 吉行直人
「とりま」とは「とりあえずまず」の略語。重要データを失くしたとき、まずは探したり職場に共有したりするが、かき氷を食べる余裕が涼しい。頭を冷やして考える、か。同時作〈お守りのようにキャラメル新社員〉もささやかで愛おしい。頑張れ、新社員。
【人】
夕虹やかつて尾のあり牙のあり松山 川又夕
峰雲やスタイへよだれてふひかり兵庫 染井つぐみ
夕さん、人間になるずっと昔、尻尾や牙のあったころを細胞は覚えているか。はるかな夕虹が動物的記憶を揺さぶる。つぐみさん、よだれを光と捉える肯定的転換。峰雲の白が、赤子の命をたくましく輝かせる。
【入選】
蝉の声遠し嘉手納の二重窓沖縄 南風の記憶
永久は無い夏の日も憲法も福岡 横縞
文化の日ポストカードの熱気球岡山 ギル
扇風機退職代行へメール大阪 ゲンジ
甘藍の一枚ごとの薄明かり松山 若狭昭宏
この秋刀魚旨そう伊予弁話しそう大阪 未来羽
短夜のカーブミラーの下に立つ兵庫 果樹
ガラス戸を引いて花屋の香の涼し岐阜 後藤麻衣子
通勤の人混み孤島めく日傘愛媛大 羅点
白墨が折れて気がつく夏の雨滋賀 乾岳人
バナナ剥くスマートフォンのスクロール松山 ツナみなつ
耳鳴や時を歪めてゐる鯰西条 広瀬康
あぢさゐや道はまつすぐ古びゆく東京 はんばぁぐ
蚊遣火や雲みづいろにちぎるるを東京 早田駒斗
水筒に引っ掛けてある夏帽子今治西高 越智夏鈴
二十歳とは鉄塔の空への青葉今治 はくたい
円光の黴ひとつぶや竿の端東京 加藤右馬
毛虫焼く本焼く人焼く人類史茨城 五月ふみ
蛇衣を脱ぐや絹婚式の朝静岡 真冬峰
盗まれたことを知らない白日傘日本航空高 光峯霏々
【嵐を呼ぶ一句】
セスナいま我鬼忌の峰を過りけり九州大 長田志貫
河童忌の窓開け放したる空き家大阪大 葉村直
我鬼忌・河童忌は7月24日、小説家・芥川龍之介の忌日。忌日を詠むときは、類想を避けつつ、その人らしさを引き出したい。志貫さんは、峰を越えて行く小型飛行機セスナに、芥川の孤高の孤独を重ねた。直さんは開け放された空き家を覗きたくなる気持ちに、芥川の作品の引力を思う。忌日句、かくありたし。