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青嵐俳談

公開日:2022.07.08

[青嵐俳談]神野紗希選

 〈ぜんぶ大切紫陽花も人権も 東雲女子大 坂本梨帆〉。さまざまな色をもつ紫陽花は、多様性の象徴か。参院選も間近。多様性を尊び基本的人権を大切にする、誰もが自由に生きられる社会を切に願う。

 【天】

安徳帝に草笛を教へたし立教池袋高  栗栖深月

 壇ノ浦の戦いで平氏滅亡とともに海に沈んだ安徳天皇は、まだ8歳の少年だった。幼くして政争に巻き込まれた彼に、子どもらしいことをした記憶がどのくらいあったろう。せめて野の風の中で草笛を教えてあげたい。草笛という季語の素朴さが、切なくあたたかく響く。同時作〈暗渠即ち川の埋葬花は葉に〉も、埋葬の語の暗さが、夏へ深まる都市の陰影を見せる。

 【地】

玉虫の戦争色に飛びいづる大阪大   葉村直

夏野ゆく次の停車駅はデネブ長野   藤雪陽

 直さん、戦争色とはすなわち玉虫の色と見た。きらきらとまばゆく、それゆえに恐ろしい。ひとたび飛び出せば、もう止められず。雪陽さん、夏野を発ち白鳥座のデネブへ着くのは、銀河鉄道か。車掌の言葉そのままのような中七下五に、物語が動き出す。

 【人】

冷房ぬるい結婚は消去法日本航空高  光峯霏々

恋は手に触れらるる闇青葉木菟兵庫  林山千港

 霏々さん、結婚は消去法的選択に過ぎないと言い当てた。結婚などしなくても生きてゆける。かといって一人の今を幸福と思える経済的・社会的自由のある世の中でもない。ぬるい冷房に吹かれ、とりあえず生きる。千港さん、手に触れられる闇があるならば、それは恋。青葉木菟の鳴く夏の闇へ、なだれる心。

 【入選】

いつも手を挙げる生徒の寝冷えかな佐賀  杢いう子

保健室の空気はきれいかたつむり秋田  吉行直人

髪洗う賞味期限の切れた夢西条   広瀬康

いつも急だよね辣韮ならあるよ神奈川 いかちゃん

月の裏触れたり桃を頬張つたり茨城   眩む凡

こほり水崩れて鏡いろの夜東京  早田駒斗

サングラス針抜くやうに外しけり神奈川  田中木江

原付のミラーの割れて夏の雨新居浜    翔龍

白服や私の海は凪いでいる福岡    横縞

舟虫や予言のやうに群れてをり東京  加藤右馬

髪の毛と爪と皮膚片熱帯夜宮城    遠雷

甘夏を剥いて呼吸を深くして西予    えな

人間の条件蛞蝓の与件神奈川 長谷川水素

境界をくづす邂逅誘蛾灯松山   川又夕

南風やベッドの横の手元灯同 ツナみなつ

霞立つ海賊の島浮かぶなり伯方分校  安野陽音

洗濯は夫に任せる守宮来る兵庫  西村柚紀

月光へ句碑はドアめく重信忌茨城  秋さやか

 【嵐を呼ぶ一句】

夏の海だよ虐殺動画ではないよ東京   田中耀

 「ではないよ」と言われても、この夏の海を虐殺動画と見間違えそうだ、とこの発話主体が考えている事実は残る。たぎる波音。もみ合う飛沫。まぶしい日差し。夏の怒濤の激しさに、この世界のどこかに今もある虐殺を透かし見る。近くて遠い、遠くて近い。

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