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青嵐俳談

公開日:2022.06.24

[青嵐俳談]神野紗希選 

 「どこかの星に咲いている花が好きになったら、夜の空を見ることが嬉しくなる。ぜんぶの星に花が咲く」(サン・テグジュペリ「星の王子さま」池澤夏樹・訳)。ぼくと別れる王子の言葉は、まるで俳句のことのよう。一つの花を通して、世界ぜんぶを愛する方法。

 【天】

虹の根のビルより電話きたりけり東京  加藤右馬

 虹の根に立つビルなんだから、そこで働く人はきっと、世界に関する重大な真理を知っているはずだ。はるかに虹を見晴るかす意識は、電話によってこちらへ戻ってくる。その大きなカーブが、夏の空間を広やかに立ち上げる。電話をとる直前の、心のたかぶり。

 【地】

タツノオトシゴ触る星座をなぞるよに茨城  秋さやか

空きコマや紙ストローの味の初夏大阪   未来羽

 さやかさん、タツノオトシゴの形は、たしかに星座のよう。「触る」感触を媒介したことで、比喩に肉体が宿った。未来羽さん、紙ストローのぼやけた味に、時間を潰す倦怠が漂う。されど初夏なる爽やかさ。

 【人】

人類のエンドロールとして蛍西条   広瀬康

アヒージョへ山椒入るる夕立かな大阪   ゲンジ

 康さん、人類の物語の終わりを告げる存在として、蛍の暗示性が生かされた。闇を流れる光の線が、エンドロールの文字のよう。ゲンジさん、スペイン料理のアヒージョと東洋の山椒の、驚きを生む出会い。わっと降り過ぎる夕立のように、刺激が押し寄せる。

 【入選】

飛行機の予約 真白き夏帽子済美平成  藤尾美波

つめたくて胡瓜や動画見つつ暇神奈川  田中木江

小さき手の銃取り上げる溽暑かな松山  若狭昭宏

潮満ちて昼顔に手の届きそう西予    えな

父の日やスワンボートは二人乗り大阪    詠頃

ゆふぞらの青うやうやし金魚玉東京  早田駒斗

立つてゐるだけの顧問は涼しからう同 はんばぁぐ

ジャパネットたかたのような夏期講習秋田  吉行直人

飛ぶことのないフラミンゴかき氷福岡    横縞

眩しさや球種サインの前を蝶東温  高尾里甫

君はこの紫陽花ほどの頭蓋だろう大阪大   葉村直

六月のひかり乳歯の真珠めく茨城  五月ふみ

走り梅雨なんかこう優位にいたいノートルダム清心女子大 羽藤れいな

延髄の芯の鎮もり夏木立兵庫  林山千港

黙々と磨く珊瑚や沖縄忌同 染井つぐみ

指へ金魚くるしい夜のピアノめく大阪  すいよう

空腹と恋とひきがえるの星夜神奈川 長谷川水素

勘の良き子に育ちたるラムネかな東京  山本先生

「体温は正常」と夏至のロボット岐阜 後藤麻衣子

梅雨の音ラプソディへと移調する滋賀   乾岳人

 【もう一歩 青葉のスゝメ】

死神は蟻の形をしているか千葉 平良嘉列乙

ジャケットの刺繍見えたる春の雨松山  松浦麗久

 嘉列乙さん、疑問形はイメージを弱くする。奇想を前提に〈死神は蟻の形をして急ぐ〉等、一歩前へ。麗久さん、「見えた」ことを述べるより、どんな刺繍か描写したい。〈ジャケットの花の刺繍も春の雨〉等。

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