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青嵐俳談

公開日:2022.06.10

[青嵐俳談]神野紗希選

 譲り受けた金子兜太「今日の俳句」をめくると、次の箇所に線が引かれていた。「日常生活における体験、その体験の容赦ない観察--そして、それを通じて、自分のなかのもっとも自分らしいものを引っぱり出すこと、それが勉強である」。鉛筆を持たずとも、生活の中に、すでに創作は始まっているのだ。

 【天】

母の日のくっついている芋けんぴ京都大   武田歩

 母が食べていそうな懐かしいリアリティ。その向こうには、砂糖がけでくっついた形状が、母子の幸福な関係にも見える。明瞭な描写と日常素材の選択が楽しく、それでいてじんわりとあたたかな感情が滲む。

 【地】

風船を傘の高さにして歩む大阪   ゲンジ

 風船を「傘の高さ」と言いなした発見。傘は雨を防ぐが、風船は役に立たない。それでも傘みたいに風船を持ち歩くとき、おのずと風狂の気分が漂う。同時作〈南風や煮浸しにふる鰹節〉の湿度の感覚も秀逸。

 【人】

みずくらげ廃棄漁網は空の色沖縄 南風の記憶

青薔薇やわたしロボットかもしんない群馬  広木登一

 南風の記憶さん、捨てられた漁網に空の色を見つけた。みずくらげの透明にも空や海が透け、うすうすと青い悲しみが広がる。登一さん、ロボット自身の述懐をとることで切なさが際立つ。青薔薇もロボットも人工的に作り出されたものだが、命があり、心があるとしたら。生きるとは何かを、辺境から問いかける。

 【入選】

サイダーの泡は刺激か攻撃か松山  坂本梨帆

炎昼の指紋まみれのマンドリン東京  早田駒斗

哀しさうに笑ふ芸人さくら草神奈川  ノセミコ

土星の環走り疲れて息は蛾に大阪   未来羽

えご散って子の口癖のまた変わり茨城  五月ふみ

手におよぐ葉の影ゴールデンウィーク神奈川  田中木江

ヨットから両手振られて僕じゃない同 にゃじろう

紫陽花の散る音みづの褪せる音松山   川又夕

初夏のことんと落ちる葉書かな神奈川 長谷川水素

フラッシュモブ突っ切る春日傘の老婆秋田    吉行

回文のやうに夜店を廻りけり松山  近藤幽慶

絵画めく夜景に向ける裸足かな宮城    遠雷

希死念慮あかるく告げてかき氷東京   田中耀

アイスクリームほどけて追憶の砦静岡   真冬峰

時給制の戦隊ヒーローよ入梅ノートルダム清心女子大 羽藤れいな

小満やミルクの匂ひするげつぷ兵庫 染井つぐみ

ビールの沼に落ちて恋文濡れている松野 川嶋ぱんだ

花菖蒲雨粒まろし課題遅々今治  はくたい

草茂る見下ろせるどの廃車にも大阪大   葉村直

万策は尽きた夏の雲と遅刻長野   里山子

 【嵐を呼ぶ一句】

裸足にて音楽聴ける自由かな松山 ツナみなつ

語らない自由があって柿の花青森 夏野あゆね

 自由もさまざま。裸足で音楽を聴くことも、語らず柿の花を見つめることも、制限される世がどうか来ぬように。言語化は、私にとっての自由を守る第一歩。

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