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青嵐俳談

公開日:2022.06.03

[青嵐俳談]森川大和選

 走り梅雨、ヒペリカムの時季。漢名は「金糸桃」。黄色い花が繊細可憐。花芯に一叢の雄蕊を立ち揺らす。雨に弱く、降れば散る。金糸の儚さ。赤い実は、雫の美形。所狭しと押し合う愛らしさ。和名は「未央柳(びようやなぎ)」。白居易「長恨歌」の中で、盛唐の玄宗皇帝が、亡き楊貴妃を思い出す悲痛の一節に由来。

 【天】

春キャベツ秘密主義者を自称せり茨城  五月ふみ

 ゆるふわ巻きの春キャベツ。「自称」の軽さと響き合う。秘してなお、甘い香りが漂い出る。収穫前の外葉が着飾ったドレスめく。広い畑が社交場さながらに錯覚される。同時作〈波佐見焼を海芋画廊の余白〉は、散在する陶や花、絵や壁の具象の白が、同居できず、混沌と渦巻き、遂に抽象へ収斂される錯覚に陥る。

 【地】

二歳児の腹からくしゃみ未央柳北海道 北野きのこ

 生命力旺盛な二歳児の透明感が、この花の可憐な魅力に通じる。生命讃歌。子宝に恵まれるめでたい季語に思えてくる。咲き方が児の豪快なくしゃみの姿に通じる点に俳味も。「腹から」の大胆さが奏功。

 【人】

夏立つやちぇいんちぇいんとペグを打つ千葉 平良嘉列乙

 ペグは屋外テントの四隅を留めるフック状の金具。一打が大きい。河原や山肌の岩石、高木の樹皮に反響し、段々と、音が天空の夏へ開けていく。擬音を信頼した佳句。景の多くを述べずして見せている。

 【入選】

来る夏のフォント探してゐる枕大阪   未来羽

熱帯夜の英字新聞のハイフン日本航空高  光峯霏々

躑躅落つヒトからモノになっていく愛媛大    舞句

一行の明朝体が似合う滝岐阜 後藤麻衣子

退屈な茶会に蛇を呼んでいる静岡   真冬峰

麦踏みや私は何を忘れよう長野   里山子

氷河期の太陽むしろ罌粟に酔ふ大阪  すいよう

Nゲージなほ右へ往く梅雨入りかな東温  高尾里甫

万緑と海の近さや通勤路西予    えな

初夏の暗闇に入る内視鏡京都大   武田歩

へろへろの白玉おだいじにどうぞ神奈川  田中木江

まづ二つ白く開きぬ花菖蒲名古屋大   磐田小

新聞や冷やし西瓜に生きる意味神奈川  高田祥聖

混ぜそばのナッツの和音麦の秋大阪   ゲンジ

ぺんだこの存在感と夏の星今治  はくたい

成長痛さすってもらう緑の夜神奈川 にゃじろう

金糸桃ディベート大会敗退す松山  松浦麗久

呼び掛けて捻れて落ちるハンモック秋田 稲畑とりこ

 【嵐を呼ぶ一句】

干涸びし海星や火力発電所兵庫 染井つぐみ

 世論を射る。火力発電の害を思えば警句。では、原子力か。自然エネルギー利用への挑戦か。「干涸びし海星(ひとで)」は温暖化に喘ぐ我々か、地球か。未来の廃炉の比喩か。海辺に多く打ち上がっておろう。

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