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青嵐俳談

公開日:2022.05.13

[青嵐俳談]神野紗希選

 「必然性は『我は我である』という主張に基いている。『我』に対して『汝』が措定されるところに偶然性がある」(九鬼周造「偶然の諸相」)。私が中心の世界では偶然性は排除され、見たいものしか見ないので全ては必然となる。一方、眼前の偶然の出会いを大切にする俳句は、季語や自然をはじめとした他者を内包する詩だ。私ではないあなたと、ともに生きる詩。

 【天】

月震やまひるまを蝶はぐれたる東京  早田駒斗

 月震とは、月で起こる地震のこと。はるか月の震えが地球に届き、ひとひらの蝶がふっと居なくなったとしたら…。バタフライエフェクト=蝶の羽ばたきが巡り巡って竜巻を生むというカオス理論の定義も思う。月震と蝶の関係が、宇宙規模の偶然性を引き出した。

 【地】

ごみ箱を磨く教師の立夏かな松山  若狭昭宏

回覧板なんじゃもんじゃの家へ置く

 岐阜 後藤麻衣子

 昭宏さん、教師の仕事の何と多岐にわたることか。ゴールデンウイーク明け、気持ちよく学校生活が送れるように。さりげないやさしさが教室を満たす。麻衣子さん、なんじゃもんじゃのワサッとした木が目印の家へ回覧板を回した。日常における偶然性の楽しさ。

 【人】

沈丁花やさしいやさしい声は喪主名古屋大   磐田小

ぶらんこや引退翌日の放課後済美平成  藤尾美波

 小さん、「やさしい」を2回重ねて喪主の悲しみに寄り添った。美波さん、持て余す放課後をぶらんこが象徴する。次の目的へ向かうまでの息継ぎの時間。

 【入選】

待ち人の影光らせて新樹かな松山   川又夕

撤退の瓦礫を撫づる蝶の群東京  加藤右馬

ちりめんじゃこ転職したいけど眠い神奈川  高田祥聖

木星に喚ばれて醒める夏近し大阪  すいよう

巣燕や友またひとり遠ざかる茨城   眩む凡

甘いカレー分け合ふ憲法記念日福岡    横縞

チューリップ他の子のパパはやさしい青森 夏野あゆね

割つて青春プレパラアトも風船も関西大   未来羽

藤の花芯に光を蓄えぬ東京  江口足人

空を撮る佐川男子や暖かし長野   里山子

第二ボタンください春風もください茨城  五月ふみ

ふきのとう羅臼の山は時が遅い北海道 北野きのこ

青バナナ未来がいっぱいの母胎長野   藤雪陽

朝を待つ形に白靴のかかと東京  山本先生

空を飛びたい次に鯰になりたいノートルダム清心女子大 羽藤れいな

砂浜に憧れてゐるクローバー西予    えな

賄いに残りし餃子母子草新居浜    翔龍

どの国の国旗もきれい風光る熊本 夏風かをる

苺ミルクかわいい先生の彼女静岡   真冬峰

 【嵐を呼ぶ一句】

シーソーのまつすぐに傾いてゐる秋田  吉行直人

 無季句への挑戦。シーソーの板はまっすぐ、かつ傾いて静止している。簡潔な描写が、季語の不在を感じさせぬ現実性を帯びた。同時作〈人格を疑われた日のカレーかな〉は「茄子カレー」など季語を足したい。

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