公開日:2022.03.18
[青嵐俳談]神野紗希選
俳句で疑問形を使うときは、断定した場合と比較する。断定するとイメージが広がらなかったり、不誠実になったりするとき、疑問形はゆたかな余白を生む。
【天】
モノクロノエデンニ蝶ハウマレタカ愛媛大 羅点
盲目の神の創りしさへづりか茨城 秋さやか
羅点さん、カタカナ表記が機械的で、差出人不明の電報のよう。色彩のない楽園に、あざやかな蝶は生まれ得るか。今この場所はモノクロのエデンでないと言い切れるか。同時作〈春泥やフェイク動画の爆撃機〉、動画技術が発達した現代の戦争は、フェイクニュースも武器となる。この爆撃機は本当に偽物か。春泥が現実の感覚を呼び覚ます。さやかさん、美しい囀りの音色は、目の見えぬ神様が創り出したのでは、と想像した。目を閉じても感じられる、世界の歓び、尊さ。
【地】
蜂の巣や翅音が朝の海市から松野 川嶋ぱんだ
蜂の巣のうちから出てくるはずの翅音が、朝の海市から聞こえてきた。はるかよりひびく翅音は、メビウスの輪のように、内部と外部をなだらかに繋ぐ。
【人】
戦争はまだ春濤の向こう側福岡 横縞
停留所菫と永き秒針と東京 武者小路敬妙洒脱篤
横縞さん、「まだ」の一語の重さ。いつこちら側に来るとも限らない緊張感が、束の間の平和を震わせる。敬妙洒脱篤さん、菫の咲く早春も、経由地としての停留所も、時を刻む秒針も、過渡を象徴する存在だ。刹那の秒針に「永き」を合わせた対義結合的表現が、早春の停留所の風景に永遠と見まがう光を与えた。
【入選】
ウクライナ猫の子に親猫のゐる神奈川 高田祥聖
#戦争反対ヒヤシンス大阪 福西千砂都
冴返る酸素の匂ひ纏ふ祖父日本航空高 光峯霏々
なんとなく生きて風船ふくらまない秋田 吉行直人
春興やプテラノドンの解剖図長野 藤雪陽
汚れつちまつた兎抱きて近未来関西大 未来羽
自画像の頬に青足す余寒かな青森 夏野あゆね
山眠るぼくが化石になれるまで神奈川 にゃじろう
下校するヒジャブの少女チューリップ東京 たっか
春風やこどものはりねずみの針松山 ツナみなつ
三月ほどの鯨一頭死んでおる伯方分校 白石孝成
春光に揮発してゆく喃語かな兵庫 染井つぐみ
逆さまに吊られたる豚春の雹京都大 武田歩
もがり笛保健室にて解く社会東温 高尾里甫
血に濡るる乳歯二月へ放り投ぐ北海道 北野きのこ
仮免を終へて制服うらうらと早稲田大 杠
野良猫の歳は知らないバレンタイン愛媛大 舞句
たこやきが好き地球より丸いから富山 珠凪夕波
冬がいいベテルギウスの果つ日まで西予 えな
青春はいつも子猫の死で終わる岡山 ギル
【嵐を呼ぶ俳句】
風光る迄 あと1Å九州大 長田志貴
Å(オングストローム)とは100億分の1メートル、極小の原子などを表す長さの単位だ。春の風が光り始めるまで、本当にあとわずか。数字の単位を活用する理知が、季節の鋭敏な感知を言語化し得た。