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青嵐俳談

公開日:2022.02.11

[青嵐俳談]森川大和選

 北条沖の鹿島は、名の通り鹿の棲む島。港近くには大きな柵。飼われた鹿に餌やりができる。フェンス越しに伸びる赤紫の舌が生々しい。一方、島の森に入ると、高みからじっと見られたり、遠くに白い尻を見せたりする程度だが、よく野生の鹿に遭遇する。一向に懐かない。ある時、島の神社を訪ねていると、海の見える老桜の樹下に、一頭の牡鹿が死んでいた。まだ毛並みの美しい若さ。あわれ、鹿も死に場所を選ぶ。

 【天】

秘跡なら蝶を真水に戻せるか大阪  すいよう

 カトリックでは洗礼や告解、信者の結婚などが「秘跡」に当たる神秘の儀式。では、「蝶を真水に戻す」とは。蝶は魂や復活の象徴。真水は聖水に用いるものと解釈すれば、魂の浄化を冀(こいねが)う発語か。

 【地】

冬深し明器の豚は授乳して神奈川  田中木江

 中国の風習で、生前の愛用品などを副葬品として墳墓に収めたものが「明器」。秦の始皇帝の兵馬俑も有名。豚の授乳は富と子孫繁栄の象徴。それを死後にも求めたか。句の表現は、読者を生々しい豚舎へ臨場させる。紀元前の冬日が差し、子豚の貪る白息が立つ。

 【人】

九相図のカンバスとなり山眠る神奈川 長谷川水素

 「九相図(くそうず)」は野に捨てられた遺体の朽ちる様子を9段階に描いた仏教絵画。地獄絵に通じる恐ろしさ。僧侶の煩悩を断つために、美貌を持つ女人を題材に取り、無常を表した。救いを待つばかりの、人と鳥獣虫魚の仰臥が、冬山の記憶にいくつあるか。

 【入選】

ねんねこやたらふく浴びろ津軽弁秋田  吉行直人

あぶらげに甘き角あり初筑波茨城  五月ふみ

晩冬のバスマットへ滴る母乳大阪 ぐでたまご

紙漉の外はこんなにまばゆかり東京  高橋実里

新春や誓いを通す雲の穴西予    えな

春立つや積み木のやうに吾子の語彙岡山    ギル

説き諭し宥め取引して柚子湯神奈川 稲畑とりこ

そうですね空風はもう止みません長野   里山子

ひらがなにたとえてふる雪のぜんぶを愛媛大  近藤幽慶

カフェラテに合ふ付け爪や日脚伸ぶ岐阜 後藤麻衣子

初春や従姉のルビーレッドの靴静岡   真冬峰

宝船よりかつかつとハイヒール東京  加藤右馬

鍵束の冷たしピアス開けてより長野 DAZZA

冬はつとめて無い前髪を直しけり神奈川  高田祥聖

青年の手に侘助のある遅刻同 にゃじろう

まんぼうをおよがせているさむいくに同 いかちゃん

冬立つやプレコの口の微動より瀋陽  加良太知

ソムリエの春待つくちびるが弾む静岡   古田秀

 【嵐を呼ぶ一句】

鷽替えをして沖縄の二万年松野 川嶋ぱんだ

 鳥の鷽(うそ)が嘘に通じることから、前年の厄災を嘘と見なして吉慶を祈る神事。それを2万年するという発想に驚く。77年ならば戦前へ。400年ならば琉球王国の時代へ。2万年は人類が到達する先史へ。

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