公開日:2022.02.04
[青嵐俳談]神野紗希選
〈美しからむ雪原に置く鏡餅 正木ゆう子〉は今年の「俳句」1月号から。雪原に鏡餅を置いたらさぞ美しかろうと想像を広げた。想定外の着想が新たな美を拓く。総合誌の新作は、俳句の今だ。ここから未来の名句が生まれる。読み、語り合い、そして詠みたい。
【天】
荒城や泥跳ねあげて貂走る九州大 長田志貫
かつての栄華も今は昔、荒れ果てた城。夜行性の貂がいきいきと駆けるのは、やはり夜だろう。中七の描写に、泥にまみれた城の荒れ具合と、泥を撥ねあげる貂の命の力が凝縮する。人間の知らない世界がある。
【地】
弁当の蓋押し上げるブロッコリ松山 松浦麗久
CMはみんな替え歌セロリ噛む秋田 吉行
麗久さん、当たり前の日常に、ブロッコリーの命を見つけた。弁当の蓋を押し上げるほどに、もりもりと元気でフレッシュ。吉行さん、たしかに替え歌を使えば耳馴染みが良いから、CMの訴求力も上がりそう。セロリの清しさが、さらりと現状を客観視する。
【人】
にはとりの虹彩にごる霜の花東京 早田駒斗
カルピスの牛乳割りや毛糸編む弘前高 アラヤ
駒斗さん、「にごる」は鶏の老いゆえか、鈍色の世界を映すからか。冬の混沌がけぶる。アラヤさん、カルピスと牛乳、白に白を重ねた温もりをそばに、毛糸を紡ぐ時のゆたかさ。類想感のない今が立ち上がる。
【入選】
履歴書の特技はみ出てオリオン座愛媛大 舞句
猫逃げるつぎつぎ牡丹雪の影京都大 武田歩
マークする鉛筆弾む淑気かな洛星高 乾岳人
冬深しひかりに飢ゑてゐるフィルム静岡 古田秀
中心を望むものたち冬館松山 ツナみなつ
理不尽の隠す理不尽みかん剥く神奈川 稲畑とりこ
ブロッコリまだ自我抱いて生きている愛媛大 羅点
炬燵でアイスたまに地球を創ったり神奈川 高田祥聖
麻婆豆腐湯冷めて一日を跨ぐ松野 川嶋ぱんだ
七草を刻めば七草のリズム東雲女子大 坂本梨帆
髪を梳くごとレコードを選る春昼宇和島 栗田歩
待春の吐息ひとりにひとつづつ松山 川又夕
マスクしてないと私に似てない子岡山 ギル
初夢の生まれなかった子のぬくみ茨城 五月ふみ
みみづくも意味がなければないほど絵神奈川 田中木江
ささくれの血に教室の隙間風新居浜 翔龍
寒月に追はるる黒きスポーツカー済美平成 藤尾美波
学校を補助金で建て福寿草沖縄 南風の記憶
さかさまのコンビニきれい寒の雨長野 藤雪陽
テディベアの右腕細く海明けぬ宮城 遠雷
夢で会う人はマスクを外してる神奈川 にゃじろう
【嵐を呼ぶ一句】
葱畑まぶし悪阻の小休止兵庫 染井つぐみ
妊婦を襲う悪阻にも波がある。苦しさの隙間の小休止に目をやれば、冬日を受けた葱畑が。まぶしく感じるのも、妊娠による感覚の変化かも。葱畑の選択が絶妙に不思議で軽やかだ。妊娠を美化せず詠む新感覚のリアルが、飄々と俳味を出している。