公開日:2021.12.10
[青嵐俳談]神野紗希選
冬の歳時記には動物が多く採録されている。かつて狩や漁の対象だった兎や鯨も冬の季語だが、今は季節感が薄い。それは裏を返せば、季節から自由になりつつあるともいえる。冬の寂しさ、生の哀れを底流に、より自由な命の鼓動を俳句に響かせられたら。
【天】
兎寝て細雨めくレースカーテン茨城 秋さやか
室内飼いの兎だろう。鈍色の冬日を受けたレースカーテンの繊細な模様を、細く降る雨のようだと見た。静かな雨のような昼。カーテンの隔てる外界を知らず平和にくるまれ眠る兎は、幸福でいてどこか寂しい。
【地】
待たせをりサドルの霜を払ふ間を三重 森永青葉
サドルに霜のおりる寒い朝、待たせるのは迎えに来た友人か、園へ送る子か。倒置法が日常をドラマにする。同時作〈湯冷めして建築図面てふ未来〉は新居計画か。立体の想像しづらさが湯冷めの不足感と合う。
【人】
秋の果クラフトコーラ沈殿す福岡 横縞
ハロウィンの波鎮まってパン屋に灯京都大 武田歩
横縞さん、材料の沈殿は、手作り感のあるクラフトコーラらしい。秋の終わりの感覚を、深い茶のグラデーションが可視化される。歩さん、にぎやかな人波が過ぎ去ったあと、街のパン屋に静かに灯が。人の見過ごす世界の片隅を掬い取るとき、俳句の言葉は輝く。
【入選】
みづうみへ撓ふ一枝や今朝の冬静岡 古田秀
病窓にパジャマの少女しぐれ虹長野 藤雪陽
歌声が嗄れて十一月は雨海城高 南幸佑
六花錆びたスプンのごと尼僧長野 DAZZA
毛布剥がしてつぎはぎのからだかな神奈川 木江
コロッケの衣薄くて寒かろう同 高田祥聖
赤ん坊を泣かせて返す炬燵かな岡山 ギル
指いつもさみしきかたちはつふゆは北海道 ほろろ。
朝寒やゴミを出しても残る自分関西大 未来羽
むらさきのチョークの見えづらさ立冬青森 夏野あゆね
ホットミルクと丸窓の喫茶店岐阜 後藤麻衣子
かつてみなほむらのかたち流れ星大阪 すいよう
湯の町のホルンの重さ秋陽濃し愛媛大 岡崎唯
待宵を埋める都会の光かな明治大 日高美朝
演台の古きや秋の澄んでをりノートルダム清心女子大 羽藤れいな
冬の雨言えば傷つく台詞吐く洛星高 乾岳人
単線のまつすぐ続き冬近し洛南高 ますかけ線
ヒーローにやられるバイト秋の虹松山 大助
半分に割つて小さき蜜柑かな愛媛大 近藤幽慶
【あと一歩 青葉のスゝメ】
窓の外から鎌鼬のにおいが松山 ツナみなつ
毛糸編む歌詞を知らない子守唄宮城 遠雷
句の構造やフレーズは可能性を秘めているが「窓の外」「毛糸編む」が常識的。みなつさん、鎌鼬の匂いがどこからすると面白いか。風呂場や液晶画面ならもっと身近に。遠雷さん、子守唄は甘くなるので意外性のある季語を。狐火なら不穏に、初雪なら切なく。読者の目となり、句の喚起するイメージを吟味したい。
【おことわり】
青嵐俳談の投稿受け付けを27日~2022年1月9日の間、一時停止します。同10日以降の投稿方法はこれまで通りです。ご投稿をお待ちしております。