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青嵐俳談

公開日:2021.10.29

[青嵐俳談]神野紗希選

 「庭に/今年の菊が咲いた。//子供のとき、/季節は目の前に/ひとつしか展開しなかった。//今は見える/去年の菊。/おととしの菊。/十年前の菊。」石垣りんが詩「幻の花」の冒頭で提示した、幻となった過去の花たちのイメージは、俳句の季語と通じる。季語も、今を超え、私を超える重層性をもつ。

 【天】

桔梗やむかし詩人は星を待ち海城高    幸佑

 かつて詩人は星を仰ぎ言葉を紡いだ。待つ姿勢に世界への敬虔が満ち、「むかし」の語に甘やかな懐古と現状認識の寂しさが匂う。桔梗の花は星の形。かつての詩人のように今、桔梗を星として見つめる真摯さ。

 【地】

子規の忌の錦糸卵の甘さかな京都大   武田歩

以上以下未満を説いて林檎剥く静岡   真冬峰

 歩さん、健啖家の子規の忌に錦糸卵を合わせた。伊予は醤油も甘口、子規も好きな味だろう。錦糸卵なら松山鮨かも、想像も広がる。真冬峰さん、友達以上恋人未満など関係性の定義か。具体的に明示せず「以上以下未満」とだけ述べた軽やかさもいい。説明をする人と聞く人の双方に、林檎がフレッシュに香る。

 【人】

心臓に春泥の溜まる音がする伯方分校  白石孝成

シフォンケーキ溶ける芸術祭の夜松山  松浦麗久

 孝成さん、心臓に溜まるはずのない春泥は、心に沈殿する愁いの象徴か。麗久さん、シフォンケーキのきめの細かさが、芸術祭の作品と対峙した心の繊細な質感を伝えてくれる。言葉運びもなめらか。

 【入選】

欲しいものリスト‥ユーモア、ハンモック関西大   未来羽

寮友のいびき数へて旱星瀋陽  加良太知

まつくらを雨ふりつめて芒かな東京  早田駒斗

九月尽めがねケースにチョコレート新居浜    翔龍

風鈴のありし辺りや柿吊るす京都大    夜行

冗談に滑りこませる本音 月名古屋大   磐田小

鍵つきの街を横目に林檎食む松山   川又夕

イグアナの如く下冷えする校舎長野   藤雪陽

秋風やいつもより軟膏固し洛星高   乾岳人

不規則に跳ねて檸檬の向かふ谷神奈川    木江

花園に柵打つものは柵のそと東京外語大   中矢温

冷まじや子役の涙拭われず松山  若狭昭宏

ドラレコの空青々と秋の暮群馬  光峯霏々

夕月夜ヨナグニサンの翅の片沖縄 南風の記憶

雲間より光こぼれて稲を刈る兵庫  井上竜太

内定は出ない夕月ゆれている松山 松本美恵子

秋の風レースカーテン揺らす風立教大 武井沙恵子

さっきまで泣いていたのにやまぶだう神奈川 稲畑とりこ

はなささげ先生の嘘忘れません北海道 北野きのこ

 【あと一歩 青葉のスゝメ】

爽やかな九月の風にほっとする西予市    みお

 暑い夏が過ぎた安堵を自然体で詠んだ。実は「爽やか」も秋の季語なので「九月」と重複するのが気になる。上五に場所を加えるのも一手。〈川べりの九月の風にほっとする〉、他に校庭、枕辺、何でも。

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