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青嵐俳談

公開日:2021.10.15

[青嵐俳談]神野紗希選 

 恐竜好きの5歳の息子が「俳句できたよ」という。「あのね、モササウルスが海およぐ!」。あと5音いるよと伝えると、うーんと悩み「さくら咲く!」と答えた。白亜紀に桜はないよなと思いつつ、彼の頭の中の、満開の桜にジャンプする恐竜の輝きを想像する。

 【天】

乳歯てふやはき骨片鳥渡る福岡    横縞

 「骨片」と捉え直せば、子どものかわいい乳歯も、命のかけらだと思い至る。さらに「やはき」の語が幼い命の不確かさ(骨までやわらかいのだから!)も物語り、命をさらし海を渡って来る鳥と重ねればなお、生きることのもろく尊い一回性が光り出す。

 【地】

ねむらねば抽象になる街に蝉関西大   未来羽

 眠りの足りない頭は、ぼーっとして細かい把握ができない。風景をくきやかに捉えられない感覚を「抽象になる」と表現したところに詩がある。蝉の声もまた抽象として塗り足されてゆくか、それとも現実の確かな感触として抽象化を押しとどめてくれるか。

 【人】

皿割れた後の世界や竹の春松山  脇坂拓海

貧血の真昼を撫でてゆく緋鯉静岡   真冬峰

 拓海さん、「世界」の語が特異。皿が割れる前と後では、世界の何かが決定的に変化してしまったのか。竹の春が一見おだやかな分、隠された喪失に心がざわざわする。真冬峰さん、血を補うように赤い緋鯉が現れる鮮やかさ。白昼夢のように生々しく美しい。

 【入選】

誘はれて花野に咲いてゐる体岐阜大 舘野まひろ

フルートの濡れて九月のニューヨーク鳥取 常幸龍BCAD

スピッツを聴いて秋思の解る子に松山    大助

秋澄みて卓に乾ける鶏の骨北海道  ほろろ。

美術館裏のせせらぎ休暇果つ静岡   古田秀

三日月に引っ掛ける明日のネクタイ群馬  光峯霏々

秋雨やバスに三毛猫まよひこむ済美平成  藤尾美波

3年間弾かぬピアノや秋の風北海道大   二神栞

コピー機に挟む学位記冷やかに神奈川    木江

仮住い街路樹に瘤日々肥大東京外語大   中矢温

うたた寝の従姉妹のおなか涼新た松山 松本美恵子

生徒みな9・11後よ木犀よ大阪ゲンジ

こぼれ萩消印のない茶封筒今治西高  越智夏鈴

返り花飼い慣らされている私松山  松浦麗久

栗剥や横を行ったり来たり猫西予    えな

ひとまはり小さき病後の馬や月松山   川又夕

伸びさうに痛む寒露の尾骶骨兵庫 染井つぐみ

たつたいま隣の秋の灯が消えた兵庫  井上竜太

 【嵐を呼ぶ一句】

母性などファンタジーです石榴吸う茨城  五月ふみ

 母性を神聖化することで追い詰められる人もいる。大切な提言だが、石榴のグロテスクなさまは、母性と逆のありようこそが真実だと固定しかねない。「母性などファンタジー」の言葉すら相対化する季語を探したい。同時作〈規格外林檎規格外わたしたち〉〈弱きまま生きらるる世を毬栗よ〉、3句とも果物を介し、人間を型にはめる強者の論理への抵抗がみなぎる。

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