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青嵐俳談

公開日:2021.10.01

[青嵐俳談]神野紗希選

 春の「鳥帰る」も秋の「帰燕」も、去りゆく鳥たちを「帰る」と捉える感覚は、ここの他に本当の居場所があり、日本にいる時間がかりそめのようで寂しい。

 【天】

切株をひかり渦巻く帰燕かな東京  早田駒斗

 切株の年輪を「ひかり渦巻く」と捉えた詩心。渦巻く動的な光が、静的に見える切株の生命を引き出す。去りゆく燕を添えたことで、その身を失った切株の喪失感も強く感じる。秋の光に喪失が満ちてゆく。

 【地】

夢にこゑ忘れてきたる芙蓉かな静岡   古田秀

 暑さの過ぎた日差しに揺れる芙蓉の静けさ。あれは夢に声を忘れた無音だったのか。幻の声を思い、芙蓉と淡く風に吹かれる。同時作〈均されて土の退屈きりぎりす〉、「退屈」を導き出す独自性から、きりぎりすへ転換する軽やかさ。言葉の平衡感覚がある。

 【人】

凭れ合うテトラポッドや敗戦日北海道 北野きのこ

湖へゆく信号ずつとあを九月マサチューセッツ工科大  美波沙山

 きのこさん、もたれ合うテトラポッドは、かつて一億玉砕のスローガンで矢面に立たされた日本国民のメタファーか。砕け散る波に敗戦の記憶が重なる。沙山さん、連なる信号の青は湖の青へ繋がってゆく。「ずつとあを」「九月」、リズムをまたがって畳みかける言葉が、秋へと青く涼しくなりゆく感覚を伝える。

 【入選】

葛の花あなたあなたの声ぬくし茨城  五月ふみ

眼を病みて秋の金魚のみどりいろ京都大    夜行

真昼間の停電秋雨の出窓東雲女子大  坂本梨帆

肺腑より夜の溢れて芒原北海道  ほろろ。

ドリンクバー混ぜてどうするのってこと東京外語大   中矢温

水平線ひそかに荒れて青蜜柑神奈川    木江

舞茸は地球が丸になる前の岡山    ギル

冷蔵庫の水まだ温き夜半かな松山    大助

カーナビは海上はしる一遍忌長野 DAZZA

仮名混じる名や残菊の積み終はる高崎高  吉野貴翔

死蝉のやたら集まるPARCO前青森 夏野あゆね

一心に飲む牛乳や 原爆忌岩手    雨犬

雪蛍性欲のなき夜の甘き瀋陽工業大  加良太知

全能の芋虫俺に寄つてくる松山  脇坂拓海

夏の雨続きサーモン丼の昼西予    えな

大絵本ひきずってをる裸かな愛媛大  永廣結衣

呼び捨てはまだ少しむりレモンパイ名古屋大   磐田小

病休の捺印ずれて秋の雷沖縄 南風の記憶

大日本帝国五輪特需夏東京  山本先生

新涼や手作りスライムの匂ひ群馬  光峯霏々

 【嵐を呼ぶ一句】

ソステヌートペダル八月十五日洛南高    蛍丸

 グランドピアノ中央のソステヌートペダルは、踏んだときに押していた鍵盤の音だけを長く引き伸ばす。8月15日も、戦争の記憶を刻印された人の中で深く響き続けながら、一方で戦争から遠い世代=押されていない者たちには365日の一日に過ぎないのかも。これからの8月15日のありようを問いかける一句。

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