公開日:2021.09.17
[青嵐俳談]神野紗希選
〈永遠に下る九月の明るい坂 今井聖〉。「永遠に」と断じることで、一句は濃く象徴性を帯びる。戦争の記憶の8月を抜けた9月の下り坂の明るさは、斜陽の日本の明るさか、人生のメタファーか。上らなくてよいのは涼しいが、心地よさが少し寂しくもある。
【天】
鈴や秋の孤独をひからせるやうに北海道 ほろろ。
「鈴や秋の」の心をつかむ書き出しから、すでに孤独が輝きはじめている。秋は古来、詩歌において淋しい無常の季節と捉えられてきたが、りんりんと鳴る鈴の光は、その孤独の質を清らかに凜と整える。
【地】
小説に意味のある死や花畑神奈川 高田祥聖
夏の高原の花畑は生活感からは遠く、それゆえ小説の世界の「意味のある死」もどこか絵空事に見える。物語の美しい死を思うほどに、対極の無意味かもしれない死のこと、現実の荒涼がひたひた押し寄せる。
【人】
宇宙ステーション西瓜畑を通り過ぎる東京 小林大晟
遅刻してひらひらの胸もと秋思岐阜大 舘野まひろ
大晟さん、宇宙ステーションがよぎるなら、この西瓜畑も宇宙空間に設置されたものだろう。地球的郷愁を背負う西瓜が、宇宙に漂う近未来の風景。まひろさん、大学の講義か、待ち合わせか。ひらひらレースの胸もとからは、遅刻したのに悪びれていない様子が見える。秋思は待たされた側のものか、ひらひらの主にも、外見からは読み取れぬ秋思があるか。
【入選】
秋陰のボーカロイドの掠れ声愛媛大 羅点
みみたぶの金の産毛や涼新た三重 森永青葉
アイスティー加点方式の付き合ひ大阪 ゲンジ
洗礼名すがし蜻蛉の来ては去る京都大 夜行
秋の夜かもうどんの出汁は縁あふれず東京外語大 中矢温
こう見えて油虫と闘えます東雲女子大 坂本梨帆
西瓜くらいの水分量で生きたい福岡 横縞
関ケ原屏風の動きそうな秋岐阜 後藤麻衣子
アスファルトひんやり濡れし門火かな静岡 古田秀
まじりものなき馬の恋赤まんま松山 川又夕
ドローンの亡骸埋まる大花野京都大 武田歩
さかなとはみぎからひだり流星も神奈川 木江
赤本を解く敗戦忌の午後独り洛星高 乾岳人
いたずら好きな神さま百合化して蝶と為るノートルダム清心女子大 羽藤れいな
青空や夏風邪で減る椅子の数松野 川嶋ぱんだ
揺らぎたる認知に寂寥の花火松山 若狭昭宏
ぱやぱやと産後のあほ毛夏の雲茨城 五月ふみ
SNSに書くことなくて夏休み秋田 吉行
【嵐を呼ぶ一句】
秋園や「このコーヒー、獏みたいだね」九州大 長田志貫
ミルクを加えて白黒のマーブルなのか、混ぜて適度なチャコールか。いずれにせよ、獏みたいなコーヒーという比喩がインパクト絶大。こういう一言をくれる人と歩けば、秋園も新鮮な驚きに満ちて輝く。