公開日:2021.09.03
[青嵐俳談]神野紗希選
〈ウミユリの化石洗ひぬ山清水 岡山朝日高 辻颯太郎〉。今夏の俳句甲子園の最優秀賞句だ。海底が隆起し山となった地層から掘り出されたウミユリ。清冽な山の水に洗えば、海の記憶がほのかに呼び覚まされるか。〈蝉は雪を見たくて殻に目をのこす 立教池袋高 三宅爽太〉は優秀賞。夏を出られぬ蝉が、殻に思いを託し雪を恋うた。化石や蝉の殻といった命のかけらにも生の感覚を重ねる。俳句はやはり、命の詩だ。
【天】
青蔦をめくればみづの星崩る茨城 秋さやか
木々や建物を覆い尽くす青蔦には、生きた大地の意志を感じる。その蔦を一枚めくれば、水の星は崩れてしまう、と見た。水の地球の美しさが、いかに損なわれやすいか。不安定な蔦の上に私たちは立っている。
【地】
プールより出でて臓器の重たさよ海城高 幸佑
水と一体化して浮遊していた体にも、プールから上がると重力がかかる。その重さを「臓器の重たさ」と言いなした。生々しい言葉に身体感覚がよみがえる。
【人】
友達でいようねキスをしてダリア静岡 真冬峰
向日葵やどこをどう逃げたつて今神奈川 木江
真冬峰さん、友達として踏みとどまることと、その一線を超えようとするキスとの矛盾に戸惑う心。ダリアの赤が魅惑的だ。木江さん、どう逃げたって、生きている限り、今という時間からは逃れられない。その現在性を、向日葵がぎらぎらと突きつけてくる。
【入選】
海上がり裸足のままで自販機へ西予 えな
大漁旗畳んで帰り夏蜜柑愛媛大 岡部新
守宮這う家に無数の忘れ物同 羅点
キヤンバスにひつかけてある白日傘名古屋大 磐田小
みな虹へ向く校庭の蛇口かな北海道 ほろろ。
さひはいのふるおとかすかねむの花愛媛大 出女
白菊の香や解剖を終へし指京都大 弓
水風呂にはやき心音遠花火静岡 古田秀
みづいろがすきなの虹はすぐ消えて神奈川 とりこ
喜雨受くる牛の額のつむじかな松山 若狭昭宏
風死すや負けて悔しい花いちもんめノートルダム清心女子大 羽藤れいな
八月十五日真夜中コンビニ飯京都大 五月闇
ゴーグルをかけてお風呂や夏休み東京 中川裕規
遠雷や珈琲豆を挽く重さ茨城 五月ふみ
コーヒーを飲み込む喉や旱空松山 ツナみなつ
ハーモニカ泣き出しそうな夏の蝶東雲女子大 坂本梨帆
挨拶にふくるゝ校舎衣更へ立教池袋高 栗栖深月
先輩の電話の長し大西日新居浜 翔龍
死ぬ死なぬ死ぬ三つ目の落椿瀋陽工業大 加良太知
遠雷にスーツケースの車輪ふく東京 高橋実里
【嵐を呼ぶ一句】
蛇穴に入る橋桁の威圧感松山 川又夕
「威圧感」という詩になりづらい言葉を橋桁の形容に用い、さらに蛇を介して谷の地面から人工物をふり仰ぐ視点を手に入れた。コンクリートの威圧感が、もうすぐ冬の沈黙とともに、蛇の目に覆いかぶさる。