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青嵐俳談

公開日:2021.07.30

[青嵐俳談]森川大和選

 開会直前に「ステイホーム五輪」が掲げられた。五輪後の感染拡大抑止も含蓄する。日本社会に集団免疫の行き渡るポストコロナ時代の到来へ向けた、安心安全のための忍耐。五輪ジレンマを正しく乗り越えたい。

 【天】

六月にくらげぺそぺそ死んでゐる福岡    横縞

 雨の6月に「ぺそぺそ」と干からびていく、くらげたちのシュールな時間。「そ」の音に、その最期が、静かに長くおびただしく、強調される。「くらげの死」の暗喩は広い。世の閉塞感が、融通のない「プロクルステスの寝台」とならぬよう、正しく自由でありたい。

 【地】

生きてこの鍵穴を見る西日かな東京  早田駒斗

 ペテロが持つ天国の鍵か。西方浄土から差す西日か。読みは広いが、この鍵穴は「救い」なのだろう。理屈を超えた体験に涙し、存在が浄化されるのもよい。

 【人】

冷麦を洗ひて聖火来るや去る静岡   古田秀

 家の近くを走る「聖火」を見逃したか。「冷麦」が上手く締まったためか、あまり悔やまれていないのもおかしい。日常の継続性と五輪の一回性を詠んだ。

 【入選】

桜桃忌缶切りのなき部屋に住む大阪   ゲンジ

朝鮮朝顔朝の裂け目として白し北海道 北野きのこ

髪洗ふ雲ひとつ分放心す済美平成  藤尾美波

花石榴空に聖痕ある如し徳島  笹岡大刀

間引きした朝顔祖母に託しをり西予    えな

紫陽花や増殖しつづけるわれは茨城  五月ふみ

杳杳と火傷の疼く泉かな京都大    夜行

変わらないこころ証明して胡瓜静岡   真冬峰

梅雨晴のビル群青の幕のごと東京  加藤右馬

メロンパン落とすまじ帰省のハイウェイ 同 武者小路敬妙洒脱篤

改札のぱ行を梅雨の主題とす神奈川 いかちゃん

溢れてゐるゼリーの照らす夜の底同 稲畑とりこ

ももいろに生まるるパンダ熱帯夜東京 中川裕規

論文は風の工学夏座敷愛媛大 玉本悠真

空蝉は祈りに似たる黙の中同 近藤幽慶

メーデーや義父と隣の島へ旅松山   大助

田植時空一枚を敷きにけり岡山   ギル

息子には息子の翼土灼くる京都 青海也緒

おとうとは離婚するらし冷素麺茨城 秋さやか

弟と郵便局へ半夏雨名古屋大  磐田小

回線の重き真昼を大毛虫京都大  武田歩

蛍逝く雀卓を死に場所として九州大 長田志貫

救急艇黙って帰り夏の峰愛媛大  岡部新

 【嵐を呼ぶ一句】

名を知らぬひとの訃報や心太北海道  ほろろ。

 災禍の熱海を悼む句か。そう読めば季語の生々しさに賛否あろう。表現の醸熟も必要だろう。ただ事の報道を「訃報」へと引き寄せ、静かに、しかし戸惑いと憤りを確かに込めた表現を、活字に残しておきたい。

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