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青嵐俳談

公開日:2021.06.18

[青嵐俳談]森川大和選

 蛍狩りに出た。今治市街すぐの名所。山道に大小の池が並ぶ。疫禍のため、風物の鑑賞祭は中止。人足もまばらだが、保存会の方がおられた。手の甲に止まったほうたるのあかりを、初めて見る息子に近づけてくれる。歓喜に跳ねている。あの勾配は闇が深いよと、そっと見所まで。息子の歌う童謡も小声でおかしい。往復15分の遊歩道に夜光幾百。上空。堤の下。樹々の裏。闇の奥。背後。見せぬほうたるいくばくぞ。

 【天】

たつぷりと夏霧のある手首かな神奈川 いかちゃん

 夏霧は突き放したように描かれているが、手首の生々しさに、徐々に引き押せられ、一幅の絵が動き始める。全山の深い呼吸が、脈打つ両手首の実存と響応する。血の廻る全身の放熱もまた、霧のごとく。

 【地】

アパートに空室増ゆる夜の苺静岡   古田秀

 二段に並ぶ苺パックも、等間隔に種の満ちる苺の一果も「アパート」めく。三重構造。食えば減り、夜が流れ入る。不条理。安部公房の奇抜さに通じる。

 【人】

あいすくりん傘も持たずに湾に来て東京外大   のどか

 濡れてもよい覚悟が漂う。放心し、何かに誘われている。「あいすくりん」の甘い郷愁が解釈のヒント。モチーフを望郷と取れば、疫禍の一句である。

 【入選】

川交じり合うて明るし馬洗ふ東京  早田駒斗

明日は晴れのち五月雨の登校日東雲女子大  坂本梨帆

母の日をラジオと鳥の串打ちと京都  青海也緒

まくなぎに穴を開けたる息ひとつ新潟大 綱長井ハツオ

散り方は潮のやうかな白き藤富山  珠凪夕波

母の日に吾が母やいて吾がいる高知  野中泰風

母の手の遠く消えゆく新茶かな松山   フタバ

扇子さらせよさんさーらせせらぐよ神奈川    木江

母の日に送るフラワー餡ケーキ西予    えな

夏痩せの一度も見ない録画かな松山  若狭昭宏

間の悪き話題踏みつけ夏帽子同   川又夕

南風吹く鸚鵡は花束のおもさ人間環境大院 長谷川凜太郎

初夏のモータープール満たす鉄愛媛大  玉本悠真

よくつまずく人と見ている花火かな同  近藤幽慶

香水や仕草の裏の「」大阪   ゲンジ

彫刻刀研げば立夏の音すなり北海道  ほろろ。

素手で捕るスローカーブや飛花落花秋田  吉行直人

弾丸を横目に流星の軌跡ノートルダム清心女子大 羽藤れいな

 【あと一歩 青葉のすゝめ】

恋人じゃないと割り切るソーダ水千葉  石井一草

 勢いの乗った一句だが、この若さに類想感が出た。季語は「心太」ではどうか。割り切り方に並々ならぬ覚悟と潔さが出る。捨てた未練もただならぬ。

 

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