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青嵐俳談

公開日:2021.06.11

[青嵐俳談]神野紗希選

 俳句は比喩を使わずとも、十七音全体が喩となる可能性を秘めている。たとえば芭蕉の〈古池や蛙飛びこむ水の音〉は永遠と瞬間の喩、というように。過剰に意味を読み取れば陳腐に陥るが、俳句が読者に与える印象を多角的に検証する意義はあるはずだ。

 【天】

トマトの上でトマト食む鳥ミサの午後関西大   未来羽

 トマトに乗ってトマトをついばめば、最終的には足場まで食い尽くすことに。示唆的な鳥の姿に、生の愚かさや平穏の期限など、ミサで語られる世の真理を思う。夏の午後、自らによって、終焉は刻々近づく。

 【地】

鳴くまで鳥は五月を森と信じている東京 おおにしなお

へその緒の先のまどろみ春の雷宮城    遠雷

 なおさん、5月という季節全体が森であるというイメージのゆたかさ。鳴けば崩れてしまうのも、5月の心理のもろさか。信じる時間は静かに呼吸する。遠雷さん、「へその緒の先」を距離ととるなら、まどろむのは胎児。時間ととるなら、胎内の昔から長く隔たった今の私。やわらかい春の雷に、記憶が目覚める。

 【人】

涼しいしそれ拭いちゃって帰ってね京都大    夜行

紙の味残れる初夏の紙スプン北海道  ほろろ。

 夜行さん、バイト先での先輩のセリフ風だが、理由の「涼しいし」に意表を突かれる。汚れた卓や床も、きれいに拭けばより涼しい。ほろろ。さん、ゼリーなどに付属する簡易的な紙のスプーンだろう。紙の味の寂しさが、初夏の軽さ、満たされなさを呼ぶ。

 【入選】

秒針のぐるり一周こどもの日東雲女子大  坂本梨帆

母の日やクレープ見た目より重し岐阜大 舘野まひろ

隕石まだ持っていますか夏の果神奈川 にゃじろう

烈風のめくる教科書沖縄忌千葉 平良嘉列乙

担任のフェイスシールド夏来る洛星高   乾岳人

春の雷笑顔で固まる師の画面愛媛大  岡田真巳

惜春の白檀匂う祖母の文大阪  筒井南実

正常化バイアス余花の蕊震ふ神奈川 稲畑とりこ

底流に照るははんざき衒ふは奇神奈川    木江

抜け道にバスガイド御用達の藤岐阜 後藤麻衣子

緑蔭や透明な恋眠らせて松山   川又夕

蟇コンビニに行くときは出る今治西高  盛武虹色

星雲はきいろく溶けて夏の果京都大   武田歩

麦秋の階段に食ふにぎり飯立教池袋高   ずしょ

ジーンズの褪せたる船医つばくらめ大阪   ゲンジ

春の愁いとは蜂蜜の結晶化秋田  吉行直人

木の芽木の芽測量の痕有りし木々松山    大助

春の夜の日課や猫に腕枕西予    えな

伸びかけの前髪留める今朝の夏兵庫  西村柚紀

父の背のぬくもり忘る夏立ちぬ松山   フタバ

 【嵐を呼ぶ一句】

扇風機ティラミスの層ゆがみをり兵庫 染井つぐみ

 洋風のティラミスに昭和的な扇風機を配合した意外な出会いと、ティラミスの層のゆがみを見つけた観察眼が、意味をはねのけリアリティーを立ち上げる。

 

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