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青嵐俳談

公開日:2021.05.28

[青嵐俳談]神野紗希選

 〈戦争が廊下の奥に立つてゐた 渡邊白泉〉は昭和14年、太平洋戦争前夜に詠まれた。プライベートゾーンに近づく戦争の影に戦慄する。〈戦争と畳の上の団扇かな 三橋敏雄〉は昭和63年作。畳に残された団扇に、戦後に築かれた平和、遠のく記憶を思う。令和の今、「戦争」との距離は遠いのか、それとも。

 【天】

うつすらとヨットの見えてゐる戦争立教池袋高   ずしょ

 凄惨な戦争に、優雅なヨット。ちぐはぐな配合が衝撃的だが、湾岸地帯の戦争のイメージや、戦時に露出する貧富の命の格差など、理不尽な戦争の現実が浮かび上がる。戦争という複雑な事象を、あえて単純化して象徴的に描くことで、本質の感触を差し出した。

 【地】

スーパーの卵は静か夏野原宮城    遠雷

 ここでの「静か」は孵らないの意。対極には「にぎやか」な命が。スーパーに売られる無精卵は、夏野にあふれる命から遠く離れ、パックの内に整然と並ぶ。

 【人】

六月や粉洗剤に蜘蛛の脚沖縄 南風の記憶

 粉末の洗剤に紛れ込んだのは蜘蛛の脚だった。6月のじめじめした水回りに、命のかけらが物質と化す哀れが際立つ。同時作〈あの泡はジュゴンの呼吸五月晴〉には辺野古から消えたジュゴンを思う。きっとジュゴンだと祈る心が、解放感あふれる季語にこもる。

 【入選】

スリッパで行くいっぽんの桜まで京都大  美波沙山

虹彩に波せり上がる弥生かな東京  近藤匠也

ゆく春を竹の味して竹の箸静岡   古田秀

麗かや掃除機持ちてミュージカル大分    優羽

花どきを暮れつつ揚ぐるうをの骨北海道  ほろろ。

東京の若者として石鹸玉東京外語大   のどか

AIへ個性を求めリラの冷大阪   ゲンジ

若者に多喜二忌の雨だまつて降る神奈川 いかちゃん

檸檬切る眩しい嘘の物語静岡   真冬峰

エフェクチュエーション古戦場に薔薇愛媛大   岡部新

ふうせん蹴るバナナオレ飲むふうせん蹴る秋田  吉行直人

さへづりや選考書類くづれさう徳島   葵新吾

春はあけぼの目をつむり乳さがす口京都  青海也緒

はうれんさう浮世が沸いてきましたら神奈川    木江

出生を疑ってゐる風ぐるま今治西高  盛武虹色

春の夜のフィルムに若き焚書官東京  ポテあり

アロハシャツ写真に湯気のよく映る京都大   武田歩

カーテンの巻かるるからだ風薫る東京  中川裕規

蛇足には前置きもあり十薬植う松山  若狭昭宏

陽の粒の窒息しさうシネラリア東京 武者小路敬妙洒脱篤

 【嵐を呼ぶ一句】

ありをりはべりいま忙し風光る関西大   未来羽

 古文のラ行変格活用動詞を諳んじる「あり/をり/はべり/いまそがり」。最後の「いまそがり」が「いまいそがし」へ逸れてゆく、想定外の自由に風が光る。

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