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青嵐俳談

公開日:2021.04.16

[青嵐俳談]神野紗希選

 近所の子ども施設に蛙の池がある。といってもバーチャルの蛙だ。足元に投影された池面にぴちゃんぽちょんと映像の蛙が跳び交う。鳴き声や水音も聞こえるので案外リアル。専用の網をかざせば捕獲もできる。古池ならぬ新しい池に飛び込む蛙、芭蕉も驚くか。

 【天】

スタンガンではなく仔猫が噛んだあと松山  松浦麗久

 「スタンガンではなく」と前置きするから、一気に事件めいてくる。平穏な日常に潜む非日常。スタンガンになぞらえるほどの仔猫の力強さも愛おしい。

 【地】

棒磁石かざして風のひかりかた東京  早田駒斗

にわとこの花や廊下のつかい方岐阜大 舘野まひろ

 動詞を「方(かた)」で止めた形が新鮮。駒斗さん、季語「風光る」のおかげで、磁力まで透明に見えてきそう。まひろさん、大掴みにまとめることで、走ったり溜息ついたり告白したり、さまざまな「廊下のつかい方」が見える。ニワトコの花の白さも涼やか。

 【人】

朧夜や方舟に似て実験棟静岡   古田秀

アスパラガス自愛できない国にゐる関西大   未来羽

 秀さん、実験結果はときに世界を救うから、実験棟はまさに方舟なのだ。水気を含む朧夜、棟も舟のように漂う。未来羽さん、「ご自愛ください」は素敵な日本語だが、広がる格差の中でも自己責任が強調される今の日本で、自愛の語に見合う心の豊かさは持ちづらい。尖るアスパラガスの勢いで突破口を見つけたい。

 【入選】

むおんむおん海月ぶつかるとき無音京都大    夜行

たんぽぽや長らく蕎麦屋だった土宮城    遠雷

螺旋階段抜けしより春の風伯方分校  馬越大知

ポラリスや癒えそめる雁瘡に熱新潟大 綱長井ハツオ

枝の先まで光満ちきて囀れる海城高    幸佑

文机を拭けば木の香のひかる春北海道  ほろろ。

春風も従ふ第二法則に兵庫 染井つぐみ

花馬酔木空気束ねて風となす大阪   ゲンジ

字幕より拾ふひらがな風光る三重  森永青葉

春窮の畳の削れゐたりけり立教池袋高   ずしょ

「好き」「ありがと」「またね」三月十一日神奈川   とりこ

3・11眠る子を抱き黙祷す京都  青海也緒

登壇の吸気のすすす藤の花松山   川又夕

若葉して原作も良いから読んでね東京外語大   のどか

白黒の三文オペラ虎鶫愛媛  中田真綾

春の塵宇宙に風は起こらない愛媛大  玉本悠真

冴返る向かふに第二体育館岐阜 ばんかおり

祖母の死に咲いて答える桜の木東京 川畑隆之助

 【嵐を呼ぶ一句】

春眠し三点リーダーの自由東雲女子大  坂本梨帆

有給簿[理由:ミモザが咲いたので]千葉 平良嘉列乙

 記号を使う俳句も実験しがいのある沃野だ。梨帆さん、三点リーダーを使えば確かに省略は簡単。同時作で〈どうしてと言われましても桜です…〉と自由に活用してみせた。嘉列乙さん、有給簿の無機質な記載を記号で示した。この理由を認めるなんて、いい会社。

 

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