公開日:2021.03.12
[青嵐俳談]森川大和選
コロナ対策の卒業式だった。在校生は教室で中継される式典を視聴し、厳粛な雰囲気のまま、節目で起立礼着席を繰り返す。演台横のカメラによって、登壇する生徒の表情がつぶさに伝わるのは新鮮だった。しかし、マイクを通す声は拾えても、呼名された卒業生の返事の声が拾えない。呼名は卒業証書の受領代表者、成績優秀者、部活動功労者、3か年皆勤者のみ。高校3年間が凝縮された声の一つひとつが聞こえない。
【天】
点字読む雪解水流るるやうに茨城 秋さやか
文と指。その邂逅(かいこう)に「雪解」の感慨が満ちる。雪解水の初めは一滴から。風に吹かれ、春日に満ちて。解けて流れ、川を広げ、せき止まず、野を開く。滑る指先。満ち満ちて流れ入る痒(かゆ)みのような喜びが、春先の空気を体現している。
【地】
打ち切りのマンガのごとく風光る神奈川 木江
紙面を埋めるはずだった原稿の束が、机上で重たくなる。断絶された可能性が凝縮している。その半面、紙の余白がきらりきらりと光り立ち、慰む。春風の輝きは、何かへの弔いかもしれない。同時作〈風車売り切りはれて風となる〉は売り手まで風になる洒脱さ。
【人】
菜の花のひかりで真夜中を踊る松山 松浦麗久
「花菜明り」をこのように詠めば、昼の鮮やかさが残像となって眼裏に焼きつくようで、夜半の踊りをなお恍惚(こうこつ)とさせる。同時作〈雪催い名和晃平の白い鹿〉は、固有名詞が頼りだが、取り合わせが面白く、虚構に現実以上の現実味を生む。
【入選】
マンモスをいま遠足の取り囲み京都大 夜行
龍天に登るマカロニ携えて岐阜大 舘野まひろ
魚は氷に上りタイ料理のみどり立教池袋高 ずしょ
鯛焼きが黒のベンツに買われてく松山 大助
つくづくし少年の日のごと傾く東京 中川裕規
やどかりを棲まわせる私の虚ろ新潟大 綱長井ハツオ
白梅や吾子の睫毛に小さき水京都 青海也緒
よくしなる鳥のくびすぢ春たちぬ北海道 ほろろ。
立春やタルタルソース色の樹脂神奈川 いかちゃん
冬銀河血小板の泡立ちぬ愛媛大 岡部新
楽しさの隣に誰か流氷期松山 みなつ
缶づめの中身は月の氷る国伯方分校 馬場叶羽
一分を砂凍りつつ落ちにけり埼玉 さとけん
冬薔薇どれも他県の廃車なり京都府立大 安納
死すべきは死して磯巾着の国静岡 古田秀
ヒヤシンス僕のところへ戻らなきや富山 珠凪夕波
マフラーや受胎告知の陶板画兵庫 染井つぐみ
【嵐を呼ぶ一句】
つらつら椿徒然草の濡れてをり新居浜 羽藤れいな
意味よりもリズム。韻律から詩になる系統の俳句。
この句自体が、春の夢の甘美な湿度だと思えば、脈絡のなさも腑に落ちる。こういう句は楽しんだらよい。