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青嵐俳談

公開日:2021.03.05

[青嵐俳談]神野紗希選

 〈潦あれば日があり卒業す 秋元不死男〉。潦(にはたづみ)=水たまりに太陽が輝く。雨を、幾多の困難を乗り越え、晴れて卒業を迎えたのだ。ままならぬコロナ禍の一年を耐え、計り知れぬ思いを抱えつつ卒業を迎えた若者の未来へ、心からエールを送りたい。

 【天】

吃音の言葉は優し寒卵茨城  秋さやか

 発話がスムーズにできないからこそ、丁寧に差し出す言葉に重みが宿る。その言葉を「優し」と表した作者の優しさ。寒卵も沈黙しながら滋養を与えるもの。吃音の言葉にも、きっと寒卵に似た誠実がある。

 【地】

花瓶は桃吹き湯気のもの食う東温  水かがみ

 水かがみさん、季語「桃吹く」は棉のこと。裂けて吹き出た棉が桃に似ているので、そう呼ばれる。棉吹く枝を瓶に飾った空間で、湯気の立つ料理を食べる。棉の白、湯気の白。茫漠(ぼうばく)と暖かい。

 【人】

冬の夜の本屋の鏡本うつす東京   たっか

灰の水曜日アクリル越しに灰洛星高   乾岳人

 たっかさん、本屋の鏡が本を映すのは当然だが、指摘されると、無限の本の世界に閉じ込められそうで少し怖い。閉鎖的な冬の夜ならなおさら。岳人さん、「灰の水曜日」はカトリックの行事。聖灰で額に十字架のしるしをつけるが、コロナ禍なのでアクリル板越しに。灰とアクリルの質感の違いが印象的だ。

 【入選】

暮れの鷹啼くや衛星燃え尽きぬ北海道  ほろろ。

寂しければ雲に紛れよ冬の薔薇兵庫  西村柚紀

凍空は他人の手帳のようである松山東高  山根大知

彼氏とか「嵐」の話とかペチカ松山    大助

冬薔薇割れてシミュレーション仮説愛媛大  近藤拓弥

三寒の組木四温の手にはづれ静岡   古田秀

フラスコの底は平たし猫の恋岐阜大 舘野まひろ

落葉踏む全部星座を忘れても東京  早田駒斗

まず顔を重いと思う春愁新潟大 綱長井ハツオ

熱病の額に冬の濤うねる今治西高  盛武虹色

クリオネの見送ってきた星の壊死松山  若狭昭宏

編めばここにいない人まで祈っている明治大  大西菜生

神木に果てる子だぬき冬銀河沖縄 南風の記憶

吹雪よ吹雪今日でさよならにしよっか新居浜 羽藤れいな

親不知疼くたび若布はいきいきと東京外語大   のどか

受賞知るラジオ小さくして霙岐阜 後藤麻衣子

ポケットに吾子のくつした冬夕焼三重  森永青葉

声と闇きらきら光る姫始富山  珠凪夕波

漣の音寝返りの羽布団松山 久保田牡丹

鴨川の土手に前照灯と冬京都府大    樗出

 【嵐を呼ぶ一句】

うらがへせばみんないそぎんちやくになる京都大    夜行

 科学的には偽だが文学的には真ということはありうる。人間だって、内臓の壁の襞はいそぎんちゃく的なのだから、裏返せばみんな……。すべて平仮名の呪術的な叙述が、理屈を超えた摂理に真実味を与える。

 

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