公開日:2021.01.08
[青嵐俳談]神野紗希選
今年の干支は丑。牛といえば〈牛飼が歌よむ時に世のなかの新しき歌大いにおこる〉、正岡子規の弟子・伊藤佐千夫の歌を思い出す。搾乳業に従事した彼の人生に立脚し、高らかに新時代を宣言した。誰もが平等に言葉を紡げる世界。今年も、今、ここから詠もう。
【天】
土地に名のなき頃よりの綿虫か今治 犬星星人
海おもふ弾初の指さらさらと松山 川又夕
一句目、先史の世界を「土地に名のなき頃」と定義した。地を漂う綿虫の、地名=意味を超越した生への畏怖。同時作〈行き暮れて蓮根抱へ唄ひけり〉の不条理小説めく奇妙な明るさ、〈くきやかに冬満月のある机〉の省略で抽象度を上げた輪郭の濃さもいい。二句目、メロディの彼方にきらめく正月の海。すこやかでまっさらな年の訪れに、心が浄化されてゆく。
【地】
荒星やはちきれさうに襁褓にほふ徳島 葵新吾
露を拭く間を待たせたる滑り台三重 森永青葉
直接「子」を見せず、おむつや滑り台を通し、美しいだけでない育児のリアルを描いた。一句目、荒星が育児の尊さと厳しさを代弁し、おむつの匂いも清らかに包む。二句目、滑りたい子を待たせ、尻が濡れぬよう滑り台の露を拭く。誰も知らないさりげない愛。
【人】
クリスマスソング止まって迷子の名岐阜 後藤麻衣子
クリスマスのにぎわいに、迷子も増える。施設のアナウンスの仔細を正確に言いとめることで、喧騒に立つ一瞬のアクチュアリティが生まれた。
【入選】
鵞鳥の羽腕に余れる漱石忌静岡 古田秀
冬りんごの蜜なら愛されるかな新居浜 藤田夕加
たまうどぅんをぐらしアカギしなりけり沖縄 南風の記憶
甲板は滑走路なる神の留守洛南高 竹節虫
煮凝に匂はぬ芯のありにけり立教池袋高 ずしょ
善神山眠りだしたか吾もまぜよ東温 水かがみ
寒犬の遠吠えつらい時は泣く新田青雲高 中田真綾
焼鳥やオレンヂ色に痛む街神奈川 ぐ
「いいひと」は重い赤い羽根は軽い鳥取 常幸龍BCAD
鯛焼のしっぽを旨くする会議長野 雪陽
初空や和紙に明るき皺のあり京都大 夜行
爪も肋も我を守りて冬至風呂関西大 未来羽
天体めくワイパーの跡ふゆあおぞら福岡 あいだほ
細雪理科室のまるごと眠る今治西高 盛武虹色
寒鴉文理選択用紙白今治西高 越智夏鈴
あられがいたいいたい言葉は自由松山 みなつ
煙草吸ふ人たちに雪積もります東京外語大 のどか
鬼の手にたったひとつの獅子柚子よ洛星高 乾岳人
【嵐を呼ぶ一句】
クリスマスパフェを子宮に似せている岐阜大 舘野まひろ
コンタクトの左右違えたような雪新潟 綱長井ハツオ
新感覚の比喩が光る二句。一句目、パフェも子宮も円錐形。キリストを産んだ子宮も思う。二句目、遠近の雪にピントの合わない視界、ちぐはぐな生の実感。