公開日:2020.12.25
[青嵐俳談]森川大和選
玉川の勾配を上下する校内マラソン大会があった。レース終盤、ゴール付近に立つと、既に完走した集団が後続へエールを送っている。1人。また1人。皆でその名を呼ぶ。走者の顔がほころぶ。手で応える者。赤面する者。加速する者。意味せぬ声をもらす者。だれもはにかむ。不意に感動してしまい、涙ぐむ。頬を上気させた若人が、喜びにゆがむ、一瞬、一瞬の生の発露。マスクをつけない人間の、ありのままの輝き。
【天】
憂国忌うどんの出汁は西ならむ大阪 ゲンジ
日本中おでんの煮られをる怒涛今治西高 盛武虹色
前者は「西」というテーゼを覆す多様性を引き出す方法論で、再び三島由紀夫の諫死(かんし)の意を考えさせる。後者の「おでん」は隠喩。多様な具材のどれもがどれも、思想、信条、主義、主張。
【地】
生姜湯に妻のココアを溶いた匙三重 森永青葉
夫婦の真理が見える。混ぜるだけではなく「溶く」を選ぶ優しさ。生姜湯によく溶けよう。そんな「匙」が円満へ至る心構え。長い話し合いも終結しよう。
【人】
ハロウィンをゾンビの如く授乳して京都 青海也緒
〈短夜や乳ぜり泣く児を須可捨焉乎(すてっちまおか) 竹下しづの女〉を思う。夜泣きの度に目覚める母のゾンビ性と、乳房へ覆いかぶさる赤子のゾンビ性が、生々しい。「ハロウィン」へ突き放す母の余裕がたくましく、おかしく、「乳ぜる」子を持て余す嘆きを、より深く共感させる。
【入選】
ポラリスの雪に変つてゆく途中愛媛大 近藤拓弥
冬蜂はしやなりと払はるるために松山 大助
軽んじられた夜は大根厚く切る北海道 北野きのこ
撫でてほし蜜柑ささつと剥いてほし岐阜 ばんかおり
手袋をなくしたあとにみちびかれ明治大 大西菜生
私には私の正義冬の空兵庫 西村柚紀
一頭の鯨を脳に飼ひ殺す今治 犬星星人
チャップリン忌LEDの街路灯長野 雪陽
マフラー解くカワイイで噎せ返る部屋関西大 未来羽
頭蓋ごと外すアフロさ年忘神奈川 木江
月下へと立ち寄る治験バイト帰路同 紺にゃじろう
銭湯の波打つ屋根や冬落暉東京 早田駒斗
コロナ禍で自宅で妻と冬銀河高知 野中泰風
停電の手すりを撫でて冬ぬくし東京 中川裕規
一番星は酢牡蠣など食うてより立教池袋高 ずしょ
円筒に膨らむ土星山眠る今治西高 越智夏鈴
羊飼う者に幸あれ聖夜劇新居浜 羽藤れいな
たま風の吹いて五人の背の遠き二松学舎大 千百十一
【あと一歩 青葉のすゝめ】
翌朝のわたあめに似てマスクかな岐阜大 舘野まひろ
見立てが鋭い秀句。祭後の余韻を急速にしぼませる「翌朝のわたあめ」のフォルム。コロナ禍の昨今をうまく風刺した。その分「かな」が惜しまれる。「マスクの吾」と、鏡に映る自分に驚いてみてはどうか。