朱欒 しゅらん朱欒 しゅらん

青嵐俳談

公開日:2020.12.11

【青嵐俳談】森川大和選

 火曜と木曜は、家のそばまで魚の行商がやってくる。「今日の一番は鰆(さわら)。こっちでは焼きが多いけど、関東では煮付けが人気」と、静かに夕食の献立を教えてくれる。この季節は少しパサパサしているのかと思ったが、鰤(ぶり)ではないかと思うほど脂が乗っていた。春の産卵へ向け、身を蓄える「寒鰆」。

 【天】

捻挫の手つめたし舞へる鶴のごと立教池袋高   ずしょ

 「冷え」に収斂(しゅうれん)したことで詩になった。湿布を貼った手首を介して、背景にタンチョウヅルの生息する釧路湿原を思わせる。作者から「怪我(けが)を句にするのも新鮮で、新しい題材の喜び」というコメントも寄せられた。非日常を創出する技あり。

 【地】

西紅く東は蒼く鎌鼬岐阜大   白水史

 膝下の約30センチの縦傷。かつて「鎌鼬」の仕業としか言えない傷を見せられたことがある。外気の影響で皮膚が切れる現象。痛みもなく、血も出ない。古来より妖怪の仕業と言われた。空が赤青に分かれる日に現れると言われたら、理屈を超えて説得力がある。

 【人】

才能は蜜に似てをり憂国忌今治西高  盛武虹色

 憂国忌は三島由紀夫の忌日。昭和45年11月25日、陸上自衛隊市ケ谷駐屯地で改憲を訴え割腹自殺した事件は有名。「蜜」のしたたりは「血」でもあろう。一つの文才の喪失を嘆く一句。高校生が詠んだことの驚き。

 【入選】

焚火して馬に手綱はいらざりき東京外大   のどか

雑踏のふいに枯野とすれちがふ神奈川     ぐ

感情を殺し柳葉魚となりにけり長野    雪陽

半島のつま先にゐる小春かな東京  早田駒斗

メガホンで褒めらるる人冬の星同  中川裕規

冬はどこランドルト環は右です東雲女子大  坂本梨帆

アヒージョにごった返している茸岐阜 後藤麻衣子

いにしへの文字を習ひて一葉忌同 ばんかおり

宗教画めいて瓦礫に冬の虹宮城    遠雷

マスク捨て鼻と鼻とで愛し合ひ千葉  正山小種

舌噛んだ説明もするちやんちやんこ松山  若狭昭宏

まんぢゆうのあれはマントル冬ぬくし大阪   ゲンジ

凍星やイグサの薫る子規の痰新居浜  山本翔龍

しわしわの冬の桜の母子手帳東京  高橋実里

秋よこれは夢のひきずられし跡か同  藤井海斗

ポッキーの日の手袋に鳥の柄海城高   南幸佑

オリオンが棍を下ろすは宵の闇松山  柳麻里奈

 【嵐を呼ぶ一句】

綿虫がい ミ のあ ミ めをぬける ミ めい神奈川   木江

雪女となりのおそれ 気象庁神奈川    木江

 1句目。未明の初雪を前に飛ぶ「綿虫」。存在の不思議を言い得た。「ミ」は音階でもあろう。通常は聞こえぬ初雪の音。2句目。気象庁が決して言わぬ言葉でおかしい。しかしそれほどに雪の降る予報なのだ。

最新の青嵐俳談