朱欒 しゅらん朱欒 しゅらん

青嵐俳談

公開日:2020.11.27

【青嵐俳談】森川大和選

 海が見える義父の庭で、木瓜(ぼけ)の実を拾う。ちょうど片手大。形はいびつだが転がせば、収まる位置がある。黄が全面にわたり、熟れつつある。嗅げば、甘やか。つんとしない丸みを帯びた芳香。もっと嗅ぎたくなる。爪で皮を傷つける。四、五カ所目には、汁がにじみ、指がぬれる。静かに満ちていたのだ。もう一度嗅ぐ。20代で旅した地中海の香りだと思う。

 【天】

すききらいその対義語は曼珠沙華今治西高  盛武虹色

 上五で切って読む。「すききらい」は既に対義関係を完結しており、「その」の指示内容ではない。では「曼珠沙華」の対義語は何か。泣き上げる「赤子」と直感する。聖俗の理屈の向こう側に存在する。切って読んだ上五がつながってくる。摩訶(まか)なり。

 【地】

明朝体で愛囁いてみて石榴松山    大助

 初めは平明な記号の「明朝体」を用い、字余りする不器用さで、慣れない愛を囁いて「みた」に過ぎないが、気が付けば「石榴」の深みへはまっている。戸惑いと恍惚(こうこつ)に揺れる不可逆の展開が面白い。

 【人】

糸瓜忌の湯槽ただしき位置に肺関西大   未来羽

むらさきの冬雲やなほ肺に綿東京外大   のどか

 「肺」2句。前者は脚も伸ばせる「湯槽」だろう。呼吸に遅れて、かすかに浮沈する全身。見えない肺への実感が、「痰(たん)のつまりし仏」の病巣となったそれを、生々しく引き寄せてくれる。後者の「綿」も炎症の痕か。雲は厚く重々しいが、気高く、覚悟めいた「むらさき」。コロナの感染拡大が危惧される。

 【入選】

まな板のたこ生きており冬麗新居浜  山本翔龍

檸檬まつぷたつ神話がこぼれだす北海道  ほろろ。

軍帽の秋思カセットテープ積む神奈川     ぐ

花ちょうじ首里城瓦の片ひとつ沖縄 南風の記憶

団栗や唯心論のレジュメ閉づ北海道 北野きのこ

円錐はをんなのかたち十三夜静岡   古田秀

雲海の深きところにくじらの巣宮城    遠雷

初雪の寝息のやうに耳に触れ松山  若狭昭宏

桐の秋臍帯箱のキュと鳴いて岐阜 後藤麻衣子

くちびるの湿る言葉や冬葵松山   川又夕

九年母をもぎて衣裳部引退す東京  中川裕規

枷が無ければ走れるか銀河まで神奈川 紺にゃじろう

三日月やピエロ見習いがふたり今治西高  越智夏鈴

キャンヴァスに赤を落として鳳仙花松山東高    ヨミ

母が弾くトロイメライや秋夕焼八幡浜    猫雪

空耳のはずの鼻うた曼珠沙華新居浜 羽藤れいな

 【あと一歩 青葉のすゝめ】

冬隣兵の聲聞く関ケ原岐阜大   白水史

 歴史を感じさせるスケールの大きい句。ただし奥州藤原氏の盛衰を詠んだ〈夏草や兵どもが夢の跡 芭蕉〉の類想感が強い。「火薬の匂う」くらいに留めたい。

最新の青嵐俳談