公開日:2020.11.13
【青嵐俳談】森川大和選
文化の日は、ボート部顧問の先生の粋な計らいで、玉川ダムの湖上を周遊する機会に恵まれた。よく晴れた日だった。へさきに座る。平たい波。沖は、その起伏を幅広に押し伸ばしながら、反射板のような光の面を返す。飲み込まれる。「バス道はあの水の下まであった。この下には集落の神社の石鳥居があった」。その後、湖底に崩れ落ちた鳥居。それもまた国体の折に撤去されてしまう。晩秋の湖心。船頭に聞く記憶。
【天】
在廊を毛皮のやうな時間かな東京外大 のどか
三橋鷹女は句集『羊歯(しだ)地獄』の自序に「一句を書くことは 一片の鱗(うろこ)の剥脱である」と述べた。「在廊」は作者が画廊にいることだが、「在廊の」では、先の類想に当たり、精彩を欠く。ここは「在廊を」と軽く切ることで、「毛皮」が、画家の鱗たる作品と、作中主体の意識を覆うそれを指した重層的な隠喩となる。両者の毛皮が匂い立ち、交歓する鑑賞中の静かさが立ち上がってくる。
【地】
鶏頭と交はせる指の昏きこと立教池袋高 ずしょ
秋祭いけにえの子に飲ませる湯京都大 夜行
鶏頭がため込んでいる「昏さ」に触れる「指」の生々しさ。季語の存在を言い得ている。後者は「いけにえ」の表記が「煮え」を意識させる。芝居の虚構に、酒や毒など、禁忌めく儀式の痛みを蘇生させる。
【人】
まなうらと夜のさかひを林檎の香北海道 ほろろ。
心臓の拍動が、毎度かすかに全身を震わせているように、闇に眼を凝らせば、乾きの中に林檎の存在が浮き上がる。眼に触れる香りを把握した鋭い感受性。
【入選】
黄落や耳塚は朝透き通る北海道 北野きのこ
左右から声の聞こえる雪もよい筑波大 豊冨瑞歩
一人称それぞれ違いそうな栗関西大 未来羽
狼の祭や子役オーディション東京 中川裕規
颱風来肉じやがコロッケをざくり大阪 ゲンジ
鱗雲もとは書店のフィットネス岐阜 ばんかおり
閉店のカフェに残るは曼殊沙華大分 優羽
公衆電話は夜長を喰ってをり今治西高 盛武虹色
冬近し玩具箱めく島にゐて東京 早田駒斗
林檎擂る自由落下の離乳食愛知 岩のじ
マスクつけはずしてつけてピアノ弾く同 五月闇
指揮棒をすと持ち上げし竜田姫富山 珠凪夕波
ブルースハープにキスを君にはねこじゃらし松山 松浦麗久
不味いよと祖母が頬張るあけびかな八幡浜 猫雪
柔軟剤匂へる秋はこはれさう神奈川 ぐ
息をするこの秋転入生として静岡 古田秀
ハロウィンや牛乳瓶の底メガネ新居浜 藤田夕加
【嵐を呼ぶ一句】
節々へ離陸の重み今朝の冬松山 川又夕
コロナ禍の心理を読んだ。重力と、飛行機で他県へ出る重圧。もらう恐れに、うつす恐れ。冬に入り、次の波が来る恐れ。恐れの節々へ離陸する緊張感。