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青嵐俳談

公開日:2020.11.06

【青嵐俳談】神野紗希選

 「智恵子は東京に空が無いといふ、/ほんとの空が見たいといふ。」(「あどけない話」)スーパーの帰り、高村光太郎の詩を口ずさむ。妻・智恵子には、故郷・阿多多羅山の青空が「ほんとの空」だった。「東京には空が無い」、私も夫に言ってみる。夫は「あるやん」と言い、屋根と屋根の隙間の細い青を指さす。

 【天】

満月や新聞紙敷き散髪す東京   たっか

 新聞紙を敷き、自分で髪を切るのだろう。折しも満月、思ったより明るい夜のしじまに、じょきりじょきりとはさみの音が響く。あとは欠けるばかりの月と、切られてゆく髪と。日常の片隅から、生きるということの小さな寂寥(せきりょう)をすくい取った。

 【地】

円窓の光やさしく湯豆腐忌東雲女子大  坂本梨帆

 江戸期に活躍した松山の俳人・栗田樗堂の忌日は、彼の愛した食べ物にちなみ湯豆腐忌と呼ばれる。樗堂の編んだ庚申庵、その円窓から漏れる日差し。光の質感を通し、江戸と令和をやさしくつないだ。

 【人】

櫂に掬うて海月に櫂の色透けて立教池袋高   ずしょ

産道を抜けて秋濤ひかりくる静岡   古田秀

 ずしょさん、海月を櫂にすくえば、かすかな憂いがたゆたう。下五は「色」が弱い。たとえば「木目透け」だと解像度が上がる。秀さん、生まれくる赤子にとって、初めての光は秋の波の明度なのかも。忘れたはずの産道の記憶が、海へひらける細道にひらめく。

 【入選】

落とし物下げるみたいに藤の実は富山  珠凪夕波

秋空にそわそわ初の句またがり新居浜 羽藤れいな

花言葉一つ覚えて秋の風愛媛大  近藤拓弥

シャッターにスプレーの鮫文化の日神奈川  ふるてい

ぎっしりとC言語書く短夜よ愛媛    翔龍

落蝉のぎいぎい幻肢痛の音京都大    夜行

結婚式の断り方や忘れ霜秋田  吉行直人

満月や学食カレーの肉巨大愛媛大  岡田真巳

秋風よ遅延証明握りしめ洛星高   乾岳人

筆箱のモノクロの傷肌寒し松山   川又夕

温泉のわに口開けて秋涼し大分    優羽

犬と呼べば犬が振り返って秋野松山大 板尾奈々美

眼鏡外せば秋空のままならさ向陽高    美菜

雨宿りして事切れし蜻蛉かな東京  中川裕規

ひときれの星のましろき寒露かな同  早田駒斗

木犀とマイルズ・ショーウェルの原盤松山  松浦麗久

日焼子や選挙公報落書きす東京  櫛部美紀

寒椿台湾料理店結露岐阜大 舘野まひろ

残業や牛丼ほんのりとぬくい松山  脇坂拓海

 【嵐を呼ぶ一句】

あをざめる翼がひらきゆく月の北海道  ほろろ。

火星にて戦争起きたのか紅葉今治西高  盛武虹色

 17音の最後の3音で、ぐいっと言葉を塗り重ねた2句。ほろろ。さん、ラストの一語で「あをざめる翼」とは月の光だと判明する。理屈を超えてひらく翼の幻想よ。虹色さん、火星で戦争が起きたのかと奇想が爆発するほどに、紅葉が火のように鮮やかなのだ。「火星」「戦争」「紅葉」の語がぶつかり弾け合う。

 

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