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青嵐俳談

公開日:2020.10.09

【青嵐俳談】神野紗希選

 秋、えもいわれぬ悲しみに襲われたら「これは秋思だ」と思い込むことにしている。季語・秋思はそぞろに憂うこと。感情に名がつけば秋のせいにできる。自分を上手にだまし、生き延びる瞬間があってもいい。

 【天】

生き方をおぼへてあきのかぜが好き明治大  大西菜生

 生き方と秋の風、普遍の主題を口語で語り直した。涼しくて気持ちよい秋風に無常を思うのは、生き方を覚え、人に合わせることを覚え、日本文化における秋風の意味を覚えたから。悲しさや寂しさを知った分、秋風の喪失の気配が、より親しく感じるのかも。

 【地】

雨のこと話し尽くして酢橘かな東京  早田駒斗

銀河濃しはじめて沖を漕ぐ人類明治大 長谷川凜太郎

 駒斗さん、雨の育てた酢橘のしぶきには、凝縮された雨の香が漂う。「尽くして」と絞り切ることで、中七に豊かな余白が含まれた。凜太郎さん、銀河の時空のはるかさに、かつて新天地を目指し沖へ漕ぎ出した人類の祖を思った。十七音にして雄大な叙事詩だ。

 【人】

秋薔薇もサーフボードももて余す東京外大   のどか

月からきたような列車が停まっている東京  小林大晟

 のどかさん、絶妙な二物を「もて余す」でくくって秋の気分を加えた。遠ざかる海の気配が、秋薔薇に香る。大晟さん、月光の照らす列車の静けさを、臨場感ある口語で描写。下五の現在進行形は、これから動きだす可能性を示唆する。もしかして、月へ戻るか。

 【入選】

哲学書みな燃えてゐる銀河かな愛媛大  近藤拓弥

えいゑんをあをきたいやうひがんばな北海道  ほろろ。

窓際に小さく伏せて夜学生向陽高    美菜

スペルミスしたまま猫じゃらし生えたまま新居浜  藤田夕加

父に似た蜘蛛柔らかな一周忌東京  中川裕規

錆びている画鋲の穴や雁来月新潟 綱長井ハツオ

秋明るし雨後の道踏みしめてより立教池袋高   ずしょ

珈琲の湯気の白さよ胡桃の実千葉  正山小種

公園のSL模型星月夜宮城    遠雷

果樹園のどこを踏んでも秋の風岐阜大 舘野まひろ

繊月やサーカス団を抜け出して新居浜 羽藤れいな

ふみふみと猫の肉球秋を揉む東雲女子大  坂本梨帆

夜行バスは満員秋の雷近し大阪芸大  筒井南実

風鈴と星と私の不協和音松山  松浦麗久

膝元に木犀の香やカフェモッカ二松学舎大  千百十一

辞書にない木の実の名前決める子ら岐阜 後藤麻衣子

スクロールすれば澄む水澄まぬ水松野 川嶋ぱんだ

休暇明噴水見てる四時間目今治西高  盛武虹色

横たわる馬の血膿に秋の蝿北海道 北野きのこ

 【あと一歩 青葉のすゝめ】

無花果がふわっと香る田舎道松山  柳麻里奈

四部合唱タクト折れ大驟雨洛星高   乾岳人

 麻里奈さん、田舎にも、山、海、島、種類がある。〈無花果がふわっと香る島の道〉など指定してみよう。岳人さん、俳句は時系列に沿う必要はないので、語順を変えては。〈タクト折れ四部合唱の大驟雨〉。定型に整い、四部合唱=大驟雨の構図もはっきり立つ。

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