公開日:2020.08.07
【青嵐俳談】森川大和選
最近の朝の喜びはコマツナ、バナナ、牛乳にフルーツの缶詰めを日替わりでミキサーするジュース作り。さて〈鳥わたるこきこきこきと罐切れば〉は、戦中、治安維持法に基づく新興俳句弾圧事件で投獄され、釈放後も表現の自由を奪われた秋元不死男の終戦直後の作。「罪」からの解放感、生き延びた缶詰めの幸福感。
【天】
甘露忌の両手で外す白熱球向陽高 美菜
「甘露忌」は7月25日。不死男の忌日。句の「白熱球」は、一度は切れてしまったが、まだ熱が残っている。大切に取り換え、再び、いや何度でも、表現の自由を守る「手」を描いている。この句も彼の提唱のごとく「もの」で詠んだ。オマージュが感じられる。また同時作〈旱星家禽の足の吊られをり〉からは〈雉子の眸のかうかうとして売られけり 楸邨〉を想起した。ここにも人間探求派の薫陶がある。向学を称す。
【地】
停泊を海月囲んで錆舐める東京外大 のどか
宇宙船髪伸びてきて雨を乞ふ
前者は、童話的な虚構ながら、「停泊」する船や「海月」が象徴的で、プロレタリア文学に通じるペーソスをかもしている。月夜が甘美。後者は、乗組員の「髪」を思い浮かべた。宇宙で「雨乞い」する季語の用い方が斬新。宇宙開発と環境破壊の遠因も思う。
【人】
トゥクトゥクを乗り回したくなる炎気岐阜大 舘野まひろ
東南アジアなどで普及する三輪タクシーの「トゥクトゥク」。今年は梅雨明け早々猛暑だが、この陽気さを尊びたい。同時作〈マックからデモを聞く人沖縄忌〉は社会派。食事に罪悪感を覚えてしまいそう。
【入選】
この島は竜の糞なり蚯蚓鳴く関西大 未来羽
仏法僧六の目が出てふりだしに静岡 古田秀
マスク売り切れ春夕焼けが海てらす新居浜 翔龍
雲の峰吃音の子のロンダート沖縄 南風の記憶
アロハシャツ着て海岸を閉鎖する宮城 遠雷
叔父のパナマ帽へチンパンジーの唾大阪 ぐでたまご
水槽にうみうしゲリラ豪雨なり立教大 アーリオ
雨乞ひの邪馬台国ぞ投票日東京 中川裕規
腕時計とヘアゴム二本送り梅雨新潟大 綱長井ハツオ
噴水をドロケイの牢獄として松山 大助
かふと星吐いて金魚はさかしまに神奈川 ぐ
炎昼や洗った筆をすぐ使い岐阜 ノグチダイスケ
青田風うまくたためなかった日々松山 みなつ
御朱印にかすかなぬくみ晩夏光松山東高 吉田真文
銅線に光はらんで西日欠く今治西高 森田健二
【嵐を呼ぶ一句】
くちびるつやつやらんちゆうはゆはゆは明治大 大西菜生
表記の妙。漢字では伝わらない唇や蘭鋳(らんちゅう)の質感を表した。下五の擬態語によって、尾ビレの揺れ様はもちろん、水や光に同化する存在を詠み得た。ひるがえって、唇の柔らかな奥行きを書き得た。