公開日:2020.07.31
【青嵐俳談】神野紗希選
4歳の息子の一人しりとり。おとな、なっぱ、ぱんだ、たにし、しまうま、まま、まかろに、にんげん。菜っ葉や田螺(たにし)はひいばあちゃんの影響だろう。〈ヒヤシンススイスステルススケルトン 正木ゆう子〉はしりとり仕立ての俳句。早春の冷たいヒヤシンスが、永世中立国スイスや軍事を想起するステルス=隠密を経てスケルトン=骸骨へ、不穏に連鎖する。制約の中で選ばれた語彙(ごい)に「私」や「意図」が出る。
【天】
鬣の砂煌めいて夏の月関西大 未来羽
風に飛ばされた砂塵(さじん)がたてがみに絡みつき、月光を受けて輝く。月下では砂も宝石の輝きを得て、荒野を生きる者を気高く飾るか。暑き野を駆けたたてがみ、涼しい月。正統派の詩情が、果てなき夢を見せる。
【地】
臍昏し桜桃の種うづめたき静岡 古田秀
桜桃とはさくらんぼのこと。「桜桃」と書き、さらに裸体を思わせる「臍」が出てくれば、太宰治的な退廃の恋の匂いがけぶる。昏き臍にうずめた種は、君の養分を吸い上げ、発芽して甘い実をなすか。
【人】
枇杷洗ふ水の尖れるみづの中立教池袋高 ずしょ
水を分解し捉える感覚は、俳句の解像度を上げる。〈滝の上に水現れて落ちにけり 後藤夜半〉の滝と水の分解、〈春の水とは濡れてゐるみづのこと 長谷川櫂〉の水の特徴の切り分け。ずしょさんは、枇杷を洗う水が水中で尖っていると見た。夏のほとばしる水の勢い。尖りに対し、ナイーブな枇杷の丸みが際立つ。
【入選】
のれんけふ洗われカレー屋へ南風向陽高 美菜
シャガールの青クリムトの金涼し松山 久保田牡丹
湾発芽水母の触手切れて以後東京外大 のどか
首里城の焦げた龍神カモミール沖縄 南風の記憶
蚊を打つて東京のこと忘れたり今治 犬星星人
苔の花うしなふだけのひぐれかな北海道 ほろろ。
髪洗う北極融けているらしい東京 小林大晟
身代はりと知りつつも逢ふ海月かな松山 川又夕
嫌いなあの子とお揃いの日焼け止め島根県大 毛利奈々
寝冷してクオッカに襲われる夢東雲女子大 坂本梨帆
欲心のままに柏手打ちラムネ松山 大助
文月来る醤油の焦げた匂いさせ大阪芸大 筒井南実
元親友からのぬいぐるみ梅雨済美平成 藤尾美波
アスファルト片羽の揚羽蝶焦がす兵庫 冬木沙月
燕の子まさか自分が飛べるとは岐阜 後藤麻衣子
何時になく電車の軋むマスク、夏神奈川 塩谷人秀
四葩咲く女であれと言ふやうに東雲女子大 鈴谷
才能の塊みたいな夏風松野 高橋あゆみ
午後晴れて完熟梅はシロップに松野 川嶋ぱんだ
嫌うなら隠し通して水中花聖カタリナ高 伊葉小夏
【嵐を呼ぶ一句】
幽霊るるる鍵穴に住んでますフフ神奈川 ぐ
「幽霊」は夏の季語に昇格しそうで、ふわふわしている言葉だ。鍵穴をのぞけば、幽霊は居心地よさそうに「るるる」と歌い「フフ」と笑う。生きた季語を捉えよと言われるが、この幽霊はいきいきと生きている。