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青嵐俳談

公開日:2020.06.19

【青嵐俳談】神野紗希選

 角川「俳句」6月号の野口る理の10句には、世界に存在する関係性がさまざまに示されている。〈梅雨晴れの街をめぐるや風同士〉の風たちの連帯、〈サイダーこぼす見開きいつぱいの砂丘〉のサイダーと砂丘の偶然の出会い。「個」に照準を絞るだけでなく、「関係」を捉える成熟した視野も持ち合わせていたい。

 【天】

夏めくや考えぬ葦繁栄す東京  中川裕規

 パンセの名言「人間は考える葦である」を反転させた鋭さ。人間は葦のように弱いが、思考することにこそ尊厳がある…。対して「考えぬ葦」とは、夏の水辺に茂る葦か、思考停止に陥った人間か。見たくないものに蓋をして豊かさを追求できる現代だからこそ、立ち止まり、考え、ときに引き返すことも肝要だ。

 【地】

鈴蘭消えてからの月の満ち欠け松山   みなつ

星屑は水の明るさ修司の忌松山 久保田牡丹

 みなつさん、鈴蘭と夏の月、清浄な白が呼び合う。喪失の後も続く日々。月の満ち欠けが不可逆の時間を静かに進める。牡丹さん、簡潔にして卓抜な比喩。はぐれた青春の痛みを鮮やかに言語化した寺山修司だからこそ、星々や星雲でなく「星屑」の語が輝く。

 【人】

知ることを知らない君の裸足かな秋田  吉行直人

うらなへば星の亡んで時計草北海道  ほろろ。

 直人さん、ソクラテス「無知の知」の反転か。知ることを知らなくても、夏はまぶしく、私は生きてるんだから。弾ける今を裸足が象徴する。ほろろ。さん、時計草の配合が的確。あの花の呪術的な意匠や、亡ぶ=時計の連想など、言葉をつなぐ糸がゆたかに絡み合う。同時作〈心臓は音叉のやうで夜の海月〉も、心臓と海月が等しく結ばれた。夜の鼓動、海月のリズム。

 【入選】

アスパラむしゃむしゃ学ランの羽織りかた東京  小林大晟

ゆっくりとフレンチトースト雨下の部屋明治大  大西菜生

ソーダ水以外覚えておらぬ昨日新潟大 綱長井ハツオ

ぱらいそへ行こう浮輪をくぐれれば神奈川    木江

ゆく末にベゴニアすべてまぶしくて大阪   伊藤波

再放送録画炭酸水自家製松山    大助

空豆や小説は未完のままで今治  犬星星人

枯紫陽花これは信じていい光関西大   未来羽

掴めないいや掴まない夏の霧東雲女子大  坂本梨帆

思春期は蛇口をひねる音ばかり富山  珠凪夕波

扇風機だらりクッパが倒せない埼玉  さとけん

白百合や母のロザリオ手に馴染む宮城    遠雷

どこまでが太宰忌の水ともしれず立教池袋高   ずしょ

青嵐銀河秒速五〇〇キロ!神奈川  塩谷人秀

ミジンコを余白に描く夏期講座千葉  正山小種

 【嵐を呼ぶ一句】

雲を彫る留守番の部屋夏浅し松山西中等   岡崎唯

 「雲を彫る」、紡ぎ出された五音の詩的完成度。留守番中、窓から雲を眺め、移ろう形を思い描いているさまか。あるいは本当に、誰かを待ちながら、うっすら汗をかき雲を彫る、超現実の空間があるのかも。

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