朱欒 しゅらん朱欒 しゅらん

青嵐俳談

公開日:2020.06.05

【青嵐俳談】神野紗希選

 出講先の大学でオンライン授業が導入された。講義動画を作ったり課題を添削したり、仕事は尽きない。〈オンライン授業途切れて夏近し 筒井南実〉、ビデオ会議アプリの不調で途切れた授業、窓へ目をやればもうすぐ夏。〈モニターにうつる教授の更衣 木江〉、画面上の対面にも季節は現れる。未来が現実に引き寄せられ、俳句にも新しい時代の日常が写し取られる。

 【天】

バナナしか買わない夜の昇降機東京  高橋実里

 夜のコンビニで、バナナだけ買って帰る。レンジでチンするのさえ面倒で、ただむけば食べられるバナナを選んだか。誰と関わらなくても生き延びられる、現代の消費社会。その孤独が凝縮された句だ。1人の部屋へ戻るエレベーターに、乾いた寂しさが、しーんとひびく。同時作〈書置のふるえつづけるゼリーかな〉も繊細。書置のそばのゼリーも、書き置きの言葉を書きつけた心も、夏の光の中で震え続けている。

 【地】

五月闇炊飯ジャーの中で寝たい関西大   未来羽

 五月闇は、梅雨時期のじっとりした暗闇のこと。炊飯ジャーと五月闇との唐突な出会いは、二者の間の共通点、湿度・温かさ・暗がりの感覚を、妙にリアルに粒立たせる。奇想のインパクトで終わらないのは、閉じこもりたい心がもたらす、かすかな切なさゆえ。

 【人】

葉桜やどつかの壁のバンクシー大阪   ゲンジ

 バンクシーは、社会批評をこめた風刺画を街角の路上や壁に落書きする、ストリートアーティストだ。美術館の守られた空間ではなく、そこらへんの「どっかの壁」だからこそ、バンクシーらしい。葉桜の平熱の風通しのよさも、権威から自由な姿勢と通い合う。

 【入選】

夏至の日のぜんぶジュースになるバナナ東京  小林大晟

パンジーの咲く信号で引っかかる弘前高   鰊記高

くらげくらげ星の軌跡をたどる舟北海道  ほろろ。

サイクロイド曲線若夏をイルカ大阪 ぐでたまご

街浅く眠る白夜の試験薬松山  若狭昭宏

一番電車に乗って岩魚の夢見けり東京外大   のどか

独裁者になりそうな子と春の昼松山  松浦麗久

雨が降る前に昼寝に取りかかる洛南高    沙山

イカナゴの甘さに喉のひりつきぬ松山西中等   岡崎唯

ひきだしの鍵をチューリップに隠す愛光高    甘煮

春の波自分のためにする化粧熊本大  緒方杏里

蛍光せよ自宅待機の烏賊達よ神奈川     ぐ

強がりの言葉ただよふ夏燕松山   川又夕

紙袋開けて朝東風ハンバーガー新居浜    翔龍

旱星憲兵めく「自粛セヨ」の字沖縄 南風の記憶

今日もまた変わらぬ土曜かえる鳴く八幡浜  浅倉季音

 【嵐を呼ぶ一句】

壁に黴喉に胃液の妊娠期京都  青海也緒

 妊娠期、特につわりの辛さは筆舌に尽くしがたい。妊娠・出産を美化せず、母性を神格化せず、なまの人間の苦しみとして描いた。ジェンダー規範が解かれつつある今、母である前に1人の人間として、出産・育児を詠むこと。ここにも新しい俳句の可能性がある。

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