公開日:2020.05.22
【青嵐俳談】神野紗希選
東京の投稿者中川裕規さんから「日々変わる世界に負けないように、じっくり俳句を詠んでます」とコメントが届いた。タンポポやツバメの句と共に〈祈るほど頬の触れ合ふ日永かな〉も。感染防止で対人距離が必要な今、「頬の触れ合ふ」近さへ寄れないからこそ、祈りの先の肌のぬくもり、日永の日だまりが恋しい。
【天】
隕石を数える寝言なごり雪愛媛大 岡部新
夢だから何を言っても不思議でないとはいえ、「隕石を数える」とは想定の斜め上をゆく寝言だ。数えるのだから複数。もしかしたらパジャマのまま、真っ暗な宇宙に浮かび、かすめ去る隕石たちを指さしているのかも。かすかな夢の「なごり」としての寝言が、春の雪を降らせる空の奥の、果てしない宇宙を漂う。
【地】
蝶の昼超能力の本を買う千葉 正山小種
荘子の「胡蝶の夢」しかり、蝶は夢とうつつの境をひらめく光だ。そこここに蝶の舞う、幻のような春の真昼には、超能力だって信じられる気がしてくる。少しうさんくさい表紙が呼ぶ、レトロな懐かしさも春だ。
【人】
回鍋肉焦げて花屑散り始む大阪芸大 筒井南実
逆さまに干されしコップ春眠し岡山大 訛弟
南実さん、美なる桜に俗なる食を取り合わせた伝統的な対比構造。ホイコーローのやや雑多な感じが、散り始め桜のぐずぐず感とよく合う。訛弟さん、意味を排した感覚的な配合にセンスが光る。逆さまのコップは、眠りと現実の反転を象徴するようでもあり。
【入選】
釣り堀に釣れし人魚や夏に入る宮城 遠雷
夏近しみな瞑りたるカフェテラス向陽高 美菜
ライラック出窓の猫の目の太陽新居浜 翔龍
春が惜しいよ誰にもあえない街にいて東京 大西菜生
蛇穴を出づものさしの木の匂ひ北海道 ほろろ。
競漕のスタートを待つ千の傘大阪 ぐでたまご
予定変更伸びるアスパラ眺めよう秋田 吉行直人
春雷や錆びし玩具に油差す新田青雲 中田真綾
落雲雀「う」の予測変換に「鬱」関西大 未来羽
SNS中毒黒ずめるバナナ神奈川 ふるてい
誰よりも強くぶらんこ漕いでゐる済美平成 藤尾美波
半額の惣菜チンし春炬燵新居浜 羽藤れいな
ファミコンは母の一芸チューリップ松山 大助
春眠の街へと深き耳の穴神奈川 木江
しゃらくせえ雑誌しゃっきりとした韮静岡 古田秀
ビル街の古文書色の春夕焼神奈川 塩谷人秀
肩に乗せ今日の重さやこどもの日京都 青海也緒
東風吹いて進む小説原稿や洛星高 乾岳人
【嵐を呼ぶ一句】
鵺が鳴く死屍の形のグローバリズム沖縄 南風の記憶
鵺は、猿や虎や蛇などが一体化したキメラ的妖怪。古来「不思議な声で鳴くえたいの知れぬもの」として描かれてきた。新型コロナウイルスの蔓延(まんえん)は人の移動を制限し、近年のグローバリズムの流れを断ち切りつつある。時代の転換期に立つ不安を普遍の鵺に託した。語順を〈グローバリズム死屍の腐臭に鵺が鳴く〉とすると、概念がさらに実態を持つか。