公開日:2020.02.14
【青嵐俳談】神野紗希選
「二月」は即物的、「如月」は詩的。〈詩に痩せて二月渚をゆくはわたし 三橋鷹女〉は詩への思いを「二月」で引き締め〈如月の息かけて刃のうらおもて 長谷川久々子〉は日常を「如月」で輝かす。語の質感。
【天】
ハミングプディング部屋暖かくして起きる
喃語鳥語歩く恋人たちに雪東京外語大 中矢のどか
しらべの似た言葉を上五にリズムよく並べ、世界観に合う中七下五を展開した。1句目、ハミングの楽しさ、プディングの甘さ。守られた暮らしの内側から寒い窓の外を見やる、そこはかとない冬の気分。2句目、恋人同士にしか通じない愛の言葉も、喃語的、鳥語的かも。雪を仰ぐ二人ずつに、二人だけの言葉がある。
【地】
ため息は詩のやうに吐き花林檎向陽高 美菜
「まだあげ初めし前髪の 林檎のもとに見えしとき…」島崎藤村の詩「初恋」を思い出す。詩のようなため息ならきっと、花林檎のような馥郁(ふくいく)たる香りがするだろう。愁いは詩の源泉。「吐き」の能動性に詩人としての矜持(きょうじ)が表れた。
【人】
メダカ用ヒーターを待つ風邪心地関西大 未来羽
未来羽さん、メダカが寒さをしのぐ水槽のヒーターを注文した。宅配便を部屋で待ちつつ自分も風邪心地だと気づく。メダカ用ヒーターは人間を暖めてはくれないが、ヒーターの不在が風邪の気分を色濃くする。
【入選】
啓蟄や地層の厚きレゴの街松山 若狭昭宏
睡蓮のまんなかを雲あふれだす大阪 田邊大学
まっさかさまの街に初雪・杞憂の今日東京 大西菜生
人刺せるものは鞄へマフラーす大阪 ゲンジ
前傾のゴジラの叫び寒波来る新田青雲 中田真綾
オラウータン脱走クリスマス前夜愛知 五月闇
凍蝶の微かな呼吸嵐呼ぶ弘前高 みかづき
寒苺買ったから傾けないで同 鰊記高
松過やしるこサンドの好きな人静岡 せつじん
子規博の開館を待つ冬桜松山 松浦麗久
粛々と睦月の朝の雲間かな東雲女子大 坂本梨帆
初霜や隣の同期の指きれい広島 竹内桂翠
寒鴉寒鴉いま叫びたし星野高 野城知里
プレゼンは決戦であるコート脱ぐ長崎大 塩谷人秀
海神はどの神話にもゐる冬だ松山 久保田牡丹
無防備なつむじ春隣の列車和歌山 季里穂
先生にふぁいと返事をして立春埼玉 さとけん
雪解や山の記憶の広がりぬ松山東高 武田歩
ヒロシマの廊下は長し冬の水松山西中等 岡崎唯
【嵐を呼ぶ一句】
マシュマロは春嚙むようです非常口神奈川ぐ
冬が好きそうな男とおなじバス東京 小林大晟
上五中七の直観的な把握も秀逸、受ける下五の展開も既視感なく鮮やか。ぐさん、「非常口」で嚙むマシュマロなら、春のような甘さ柔らかさも、逃げ場のようで切ない。大晟さん、バスのレトロさ、窓の冬日の淡さが、男の「冬が好きそうな」表情を引き寄せる。