公開日:2020.01.10
【青嵐俳談】森川大和選
句集や雑誌を読むときは新しい感覚を探している。俳句雑誌「奎」冬号を手に取る。〈人生のとぎれとぎれに日向ぼこ 金高晴人〉の把握の妙。〈性別も知らず聖菓の相談す 桐木知実〉の相談ツールの現代性。〈湯豆腐の片寄つてゐるフェリーかな 野住朋可〉の滑稽味。〈落葉焚き身ぬちに灯る深海魚 松本青山〉の暗転。〈星座ひとつ火事の向かうに隠れけり 若林哲哉〉の時の流れの緩急。作家の充実ぶりに表敬したい。
【天】
ミジンコの体内を管みぞれつつ東京外大 のどか
熱帯魚などの餌として、冬でもミジンコを繁殖させる愛好家がいる。奇妙で愛すべきフォルム。体内の管は腸の部分。その透明感が、降り続ける「みぞれ」の冷たさを、遠く引き受けている。「つつ」が成功した。同時作〈凩や試料ラベルの字かわゆし〉も理系女子を想起させて新しいテーマ性があった。
【地】
星をさす露語濁れたる枯野かな愛光高 kondoh
ロシア語では星を「ズヴィズダー」と言う。確かに濁っている。しかし、そんな理屈を超えて詩がある。露語は人語の一例にすぎないのだろう。枯野に立って星を見て、ヒトが操るコトバの汚れを憂う感性。
【人】
数へ日や組み立て直す神の像静岡 古田秀
警句と読んだ。「旧約聖書」天地創造の6日目に、神が己の像に似せて人間を創ったとある。ここでは人間の方が「神の像」を修正する禁忌を侵している。過度の人為は罪深い。年の詰まりの息の詰まり具合。
【入選】
雪がふるやうに泣いては雪がふる愛知 五月闇
冬薔薇に滲む深夜の画集かな松山西中等 岡崎唯
天守閣水に映るや水に鱶松野 川嶋ぱんだ
冬の夜化石になってゆくネオン愛媛大 近藤拓弥
東京やふと着信のある粉雪和歌山 季里穂
初雪が降る冷蔵庫を開け放つ秋田 吉行直人
修正液かわく眩き冬放ち神奈川 ぐ
はつふゆの喃語は決意もつてをり同 とりこ
あーあーと世界は回り出し夜長東京家政高 黒崎愛子
秋の風忘れられたか彫刻よ岩手 長生
よく嚙んで食べて野分がやつて来る大阪 田邉大学
羚羊の子が行く月の道標土佐女子高 筒井南実
雪の日のアルパカの首まっすぐに東京 小林大晟
まつしろな熊まつしろな息を吐く今治 犬星星人
鱈場蟹ごつんごつんと愛し合ひ北海道 北野きのこ
曇天から伸びた巨人の足冷た東温 水かがみ
軍歌より聖歌上書きしたテープ松山 若狭昭宏
【嵐を呼ぶ一句】
サイファーに御慶とび交ふ今年かな静岡 せつじん
ヒップホップの世界では、参加者が輪になって即興のラップを披露し合うことを「サイファー」と呼ぶらしい。テーマが斬新。新年のあいさつを指す「御慶」との距離が面白かった。一方で、下五の季重なりが惜しまれる。「東口」などの場所を書いてはどうか。