公開日:2019.09.27
【青嵐俳談】神野紗希選
季語の積み重ねてきたイメージ=本意は生まれ来る新たな一句のためにある。「この季語はこう詠むべきだ」と決めつけず「こんなふうにも詠めるのか」と驚きたい。踏襲にとどまらない、超克を目指したい。
【天】
真夜中のペダルを踏んでゐる跣洛南高 古勝敦子
真夜中に、しかもはだしで自転車をこぐ状況の異常。爆発する感情、足の裏の痛み、ペダルのざらざら。「ゐる」の現在進行形に、今まさにひりひりした渦の中にいる切実がにじむ。「真夜中のペダル」の省略も、季語「跣」のトリッキーな生かし方も、巧み。
【地】
カレーまんちょっと月まで行くついで松山 大助
眠る子のおなら小さく月涼し京都 青海也緒
大助さん、新奇なカレーまんを詩材に引き上げ、月へ行くのも既定路線として語ってみせる軽やかなユーモア。同時作〈月白にほどけてブルーベリージャム〉も感覚的、やさしい甘さが広がる。也緒さん、無意識の生理現象として、月明の寝室にひびく子のおなら。その一瞬を逃さず詠んだのが、愛だ。心地よい「月涼し」が、おならを、生きている証しとして肯定する。
【人】
まづ声を忘れてしまふ草の花今治 犬星星人
信心に炎は要らず蔦葛愛知 Iacinicus Donutskii
犬星さん、記憶の薄れ方として真っ先に「声」が失われると見た。秋の光の傾く野原、無声映画のようにあの日の君が。同時作〈瓶詰のピクルス並ぶ子規忌なり〉も健啖(けんたん)で新しもの好きの子規が喜びそうな句。Donutskiiさん、炎はなくとも火のように燃える蔦の赤さがあれば足る、か。きっぱりした調べに、揺るぎなき信心がみなぎる。
【入選】
給油所の昏さに流れ出す星河関西大 未来羽
水回りから秋めいてゆくのです洛南高 竹内優
3.1415926535、月愛知 五月闇
鏡花忌の玄関に透きとほる羽向陽高 加須屋美菜
進路調査票忘れシャーベットが甘い北海道 ほろろ。
飛び降りる隙なきビルや桐一葉東京 多喰身・デラックス
意味ばかり満ちてコスモスうすくなる同 小林大晟
ベーゴマが倒れる八月が終わる新潟大 綱長井ハツオ
平和とはたとへばみづの秋めくこと今治西高 春響
さいころを振れば秋思のきらきらす洛南高 まぐろ
星合の昏きに連絡船のゆく愛媛大院 ベガ
国境を引きたるやうに林檎切る愛媛大 近藤拓弥
短夜や硝子の床の下を魚松山東高 小川一磨
ホワイトボードを飛び出して銀漢同 山内那南
山粧ふあなたに触るることが夢松山 川又夕
【嵐を呼ぶ一句】
推薦書・菫・スピッツ・好き・嫌い名古屋高 塩崎達也
道に石幹に響きに知識に死東京外語大 中矢温
韻を踏む羅列が加速して詩へ。達也さんは「す」で頭韻を踏み青春の揺れを表出。温さんは母音を「i」にそろえ、行き詰まった世界の感触を出した。温さんの同時作〈やはらかな仮名は魚だまた仲間〉は母音を「a」、〈そこここの焔のところ徒歩の夜を〉は「o」で統一。実験を詩へ昇華する力に目をみはる。