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青嵐俳談

公開日:2019.09.13

【青嵐俳談】神野紗希選

 俳句甲子園直後の今回の投句には、俳句との向き合い方を詠んだ句がいくつも。〈マイク拾ふ気魄俳句甲子園 三島ちとせ〉の臨場感。〈十六夜や句作りの無能さを知る 羽藤れいな〉、己の無力に気づくのは俳句を深く知ったからこそ。〈朝顔や俳句はこんなにも自由 犬星星人〉は、俳句を愛するすべての人へのエール。

 【天】

落ちさうな無花果ベルニーニの天使京都  玉貴らら

 熟れた無花果の重量感が、バロック期の彫刻家・ベルニーニの彫った天使像の美-肉体の滑らかさや着衣の襞のゆたかさ-をたっぷりと引き出した。「落ちさうな」の焦燥が、静止する彫刻に荘厳な躍動を与える。19世紀、教皇ピウス9世により、ローマ市内の彫刻の陰部が去勢された際、羞恥を知ったアダムとイブにならい、無花果の葉があてがわれた過去も踏まえたか。

 【地】

涼風至るカタログの紙の質東雲女子大  坂本梨帆

枯山水梨に潤沢なる摩擦長崎大  塩谷人秀

 質感を詠む二句。梨帆さん、カタログのつるつるはたしかに涼しげ。「至る」で紙の冷え、ページがめくれる動きまで見える。人秀さん、梨の触感を「潤沢なる摩擦」とは言い得て妙。枯れ山水の静寂と梨の淡さと。

 【人】

新涼や火山のやうなキムチ掬ふ松山  脇坂拓海

知恵の輪を泉に浸す夜なりけり洛南高     弓

 拓海さん、山盛りキムチの赤を火山にたとえたのが秀逸。落ち着いた新涼と激しい火山の配合も構成的。弓さん、泉に冷えた知恵の輪の、銀の光の清潔さよ。

 【入選】

無花果もいで母の旧姓明るしよ東京外大    中矢温

ビル壁に罅あらはなる日照雨かな大阪    大学

長き夜は指輪を外すときの圧向陽高    美菜

ミサンガの今朝切れたるや法師蟬立命館大    神足颯人

まだ匂う火事痕のごと夏果てぬ松山西中等   岡崎唯

原版に熱残りたる秋の暮洛南高     鈴木奏大

だとしても飛び跳ねておく裸足かな同       古勝敦子

秒針に晩夏と風を写した松野      高橋あゆみ

港区でタピオカを待つ秋を待つ東京      多喰身・デラックス

西瓜食ふ内定承諾書の余白東京      あさひ

甲板へ出る夏シャツはくじら柄神奈川     ふるてい

帰省しても犬がいない大阪    伊藤

鰯雲稲の色なる五円玉京都府大    大学生山田

梅雨星やイノシシ泳ぐ海黒し新居浜    翔龍

甲子園ばかり観てゐて夏の風邪茨城    佳山

クーラーやニュースの間に打つ球児秋田      吉行直人

揚花火明日からは良き母になる広島      竹内桂翠

海月クラゲきっと浸透圧のせい松山      松浦麗久

鳥居よりうへの煉獄渡り鳥松山      川又夕

蛇狙う鶏舎の卵祖母の里大洲高     岡田真巳

 【嵐を呼ぶ一句】

カスタードクリームどろり夏の昼松山西中等    輝季

 カスタードクリームに九音たっぷり使う大胆さ。俳句は省略の詩といわれるが、ときに十七音を浪費するのも、意味の省略を促す。上五中七がゆったりな分、下五は「夏真昼」などと引き締め、緩急をつけても。

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