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青嵐俳談

公開日:2024.12.13

[青嵐俳談]森川大和選

 有機栽培農家の間引きを手伝う。それを貰って帰る。春菊と小松菜少々。立派な葉の下に滴るほどの蕪そこそこ。葉物は鍋に。蕪は生。少しの塩に際立つ甘さ。

 【天】

冬帝の書庫の一つとして樹海松山  若狭昭宏

梟の海馬に降りつもる雪か茨城   眩む凡

 「書庫」の玄妙。針葉樹の海がたった一本の若木から育ち、広がり得た久遠の時。不可侵の記憶が折り重なる。「梟」の醒むる左脳に降りしきる、この夜半の雪の姿。眠る右脳に吹き寄せる、この森の雪の記憶。

 【地】

絵双六ガザ見えてこず見あたらずドイツ  山崎秀貴

ダス・マンの億の頷き蟷螂枯る愛光高  飯本真矢

 双六の径がいつの間にか祈りの旅に。救済された「ガザ」のアガリ目を願う海外からの一句。ハイデガーの「ダス・マン」は、主体的な生を忘れ、非人間的な存在に頽落(たいらく)した大衆を指す。世界的なポピュリズムに、民主主義の未来を嘆く高校生の一句。

 【人】

The unbirthdayティーポットより冬の蝶愛知  野村斉藤

 ディズニーの「ふしぎの国のアリス」に登場する「何でもない日おめでとう」の歌は、平凡な毎日を幸福にするおまじない。冬蝶の一日の尊さを寿ぐ眼差し。

 【入選】

シャワーを浴びながら狐火と言う東京  池田宏陸

浅漬に箸の濡れたる秋彼岸京都大   武田歩

火恋しソドム・ゴモラの裔なれば埼玉  伊藤映雪

風船にペシミズムこめ離せ手を長野   沢胡桃

寒雲や奴隷の島へそそぐ日矢三重 多々良海月

引き算のにほひ襟巻よりしたる神奈川  高田祥聖

頭から出られぬ頭痛夕時雨青森 夏野あゆね

寝酒して魚になりゆく躰かな東京  桜鯛みわ

ホログラムみたいに歩き秋時雨松山  近藤幽慶

凩や宇宙が話しかけてくる西予    えな

さつまいもタルトちょこんと酸梅湯ノートルダム清心女子大 羽藤れいな

バス停にボンベ積まれて島の冬大分大院  鶴田侑己

凩を一番浴びる席がいい長野   里山子

立冬や絵の具に使えさうな錆大阪   ゲンジ

目力のすごい金魚に育つ冬名古屋大   磐田小

喝采の姿勢うつくし鵙の贄神奈川 沼野大統領

一滴の震へ一劫冬泉同   岡一夏

潜水の装備に古代神渡し同  東田早宵

決済音の妙に楽しげからっ風岡山   杉沢藍

 【嵐を呼ぶ一句】

巡りゆく「朝のリレー」と霜の白四国中央医療福祉総合学院  坂本梨帆

 カムチャツカの若者がきりんの夢を見ているとき、街一面に霜降る朝に、坂本さんが深呼吸する。故人の詩に自身を書き加えることで、地球、そして人間の生を愛した谷川俊太郎の祈りを引き継ぐ。深悼の白。

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