朱欒 しゅらん朱欒 しゅらん

青嵐俳談

公開日:2024.07.12

[青嵐俳談]森川大和選

 梅雨明けを疑いたくなる。空の青さが膨張し、白南風を呼び込む予感。照り付ける日光の濃縮。土中から這い出たミミズの大小が、アスファルトに干からびる哀れ。伸びた夏草が逞しく太り、灼ける猛暑日。

 【天】

タオル投げ入れ夏草を踏んでゐる東工大  長田志貫

 突然の試合中断。既に打たれ、朦朧と立ち続けるボクサーを止めるために、空を切り、セコンドらがリングへ駆け上がる場面。その動きの中に、異質なる足裏の触感を認めるや、一瞬、炎天下の草いきれの中に立ち尽くす絶望感が襲う。ボクサーの脳内か。「夏草」というノイズによって順接する一句の意味が断絶され、より一層の切迫感を生む。あざなえる自他と虚実。

 【地】

北極星とほく雷鳥眠りたる神奈川   岡一夏

 「とほく」と読めば、一度読者の実感を挟む。私と北極星の引力。古今変わらぬ夜空のロマンを呼ぶ。次に私と雷鳥の引力。風景は清澄なる残雪の日本アルプスへ跳躍する。「とほく」繋がる時空の重層。皆眠り、無意識の渾沌に邂逅し、合一する幸福なる童話性。

 【人】

麦秋やお国へ帰る神父様立命館大   乾岳人

 神父様にも喜怒哀楽があり、飲食には舌鼓を打ち、無理をすれば風邪も引く。衆人の悩みを引き受けながら、自身の悩みはどこへ放溢させるのか。そんな横顔を見せたかどうか。帰国の後ろ姿は寂しそうでも、嬉しそうでもある。麦秋の実りめでたし。光の国。

 【入選】

ガムぷうと鳴嚢めくや独立祭長野   藤雪陽

チョコアイス半角カナで話す子ら千葉 平良嘉列乙

麦秋やオレキエッテを刺す愉快愛知 樹海ソース

美談にはしないでよねとビール注ぐ青森 夏野あゆね

我他彼此と青野の軋む真昼かな洛南高  河本高秀

今世の蚊今世の母とすれ違ふ埼玉  伊藤映雪

褒められて少し淋しき桐の花神奈川  高田祥聖

擦傷に切傷まじる蛍狩兵庫  林山任昂

プールから上がり身体を思ひ出す大阪   葉村直

梅雨入りや修悦体の曲や直神奈川 沼野大統領

山腹の二十三軒梅雨の蝶兵庫  山城道霞

リーシュコード夏を迎えにゆく人も西予    えな

青胡桃アイン・サクリの恋人たち東温  高尾里甫

解剖やプールの声の遠かりき秋田  吉行直人

車道から遠ざけますね蝸牛四国中央医療福祉総合学院  坂本梨帆

無果汁のパインソーダや高円寺八幡浜    春乃

聞き取れぬ名ばかり続く夏盛ん松山   川又夕

 【嵐を呼ぶ一句】

医ケア児の勲章のあな小プール長野   沢胡桃

 「医療的ケア児」の「あな」は人工呼吸器や胃ろうを挿入する部分。命を支え、できることを増やし、人生の喜びや自信を深めてくれる勲章。まずは自宅のビニールプールで足を浸け、腰を涼ませ、少しずつ。

最新の青嵐俳談