朱欒 しゅらん朱欒 しゅらん

青嵐俳談

公開日:2024.05.03

[青嵐俳談]森川大和選

 ほんのり霞む雨後の滑川渓谷へ。逃げる気のない赤腹イモリを踏まぬよう、まずは上り梯子の手前まで。落石したチャートを裏返せば、葉の化石が見事に見つかる。田子蛙、ていれぎ、ちゃるめる草、蝮草。ガイドの方の説明を聴く内に、奥の滝が眼下に開く。誰かの残したケルンにはそっと石を積み、穏やかな浅瀬には水晶の欠片を探し当てる。早緑の底。大の字に寝る。

 【天】

恋人のまぶたの重さなるさくら早稲田大  盛武虹色

 感じ得ぬ恋人のまぶたの「重さ」を言い得た「さくら」の明るさ。儚さも思わせる。愛おしみ見つめる瞳の奥は、飛花のダカーポ、落花の無限。同時作〈春の雨鯖のひとみの濁りをり〉は春雨の浄化作用、〈スナメリの影海底を揺らし春〉は虚実の狭間を書き収めた。

 【地】

春雨のなかに胎児の宿りをり京都大    蛍丸

 落下する春雨の光の膜の中は、確かにどうなっているのか見えない。その神秘に胎内を重ねる。大胆だが言い切りに説得力。なにも人間に限るまい。雨の触れた万物から新たな生命が息吹く、この春らしさ。

 【人】

轢かれたる活字あふるゝ水の春東工大  長田志貫

 雫の底に溜まる光。落下早まり川へ注ぎ、音立てて万物を恵む水の春。この水に、空き缶のように圧し潰された活字が垂れ流される。文明に粗製された文字の霊が往生できず、もつれ、凝り、粘り、毒めく。

 【入選】

やまびこをゆるやかに追ふ春の駒東京 武者小路敬妙洒脱篤

ダーツ投ぐ夏に入りたる指の先松山   広瀬康

先輩の譜面を捲りつつ桜兵庫 染井つぐみ

雨雲の匂ひの寂し獣交む愛知 樹海ソース

葉脈やわかれの果ての春の海愛媛大  広瀬雄大

夭逝の詩集のごとく花曇東京  池田宏陸

アサギマダラ来て原発のある岬愛媛大    羅点

海の色なるブレザーや新入生京都 中華もづく

流氷やガムの歯形を噛みなほす埼玉  さとけん

春の昼ぐるぐるまきの声をほどく茨城   眩む凡

逃げ水やギアを一番重くする神戸大  石崎智紀

バオバブの甘酸つぱき実虹立ちぬ三重 多々良海月

エビフライの支点力点こどもの日東温  高尾里甫

進軍のラッパぶぼーぼチューリップ愛知 四條たんし

金星の歌声軽く竹の秋京都共栄高    鯛石

桜まじ自己紹介の深呼吸京都  佐野瑞季

横腹を膨らませ鳴く山羊や春大阪大  越智夏鈴

やどかりをやどかりのぼりかねてをり大阪   葉村直

城壁を残す路線図春の川熊本  貴田雄介

転がつて粽弧を描く皿の上東京  加藤右馬

 【嵐を呼ぶ一句】

溢すため買わるる啄木忌のシャンパン北海道 北野きのこ

 祝いの席に栓を抜けば、どっと溢れるシャンパンの金。故郷を捨て、夢破れ、夭折した啄木の儚さを、零れ落ちる色に重ねる。忌日の扱いに意外な応用。

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