朱欒 しゅらん朱欒 しゅらん

青嵐俳談

公開日:2024.04.05

[青嵐俳談]森川大和選

 道後の宝厳寺で一遍上人生誕祭が開かれ、松寿丸像湯浴み式が執り行われた。松寿丸は一遍さんの幼名。砥部焼で作られた赤子の大きさの像に、出で湯をかけるお祝い。釈迦の誕生を祝う花祭りでは、釈迦像に甘茶をかける灌仏の風習があり、それにちなんでいる。止む気のない雨模様。水軍太鼓の演奏は、急遽本堂の中で披露されることとなった。これもまた今年ならではの興趣。法被着て、松寿丸を囲む賑やかさ。

 【天】

あんぱんを割つて与ふる花見かな愛光高  飯本真矢

 連れ立つ身近な人間に半分を分け、いくらか頬張った後、食べきらぬままぼんやりと過ごす。何をするというのでもない。余白の広々とした花見もよい。

 【地】

哭き終へたやうに磯巾着ちぢむ大阪   葉村直

 身のあらん限り慟哭した後は、憔悴してへなへなと萎むもの。それを上手く季語と取り合わせた。磯巾着は、病気や保身、捕食の際に、開ていた触手を内側に丸め込む。どれも生き死にに関わる場面。

 【人】

菜の花を茶色の髪ゴムで束ねる兵庫  西村柚紀

 身近な人に渡そうとするのか。菜の花の咲き満ちる野の一角を貰い、持っていたゴムで止める。無造作な振る舞いに好感が持てる。黄と早緑を括る焦げ茶。

 【入選】

馬の仔の草食む音の豪快に松山   川又夕

あかねさす机上子猫の踏む書類静岡  東田早宵

女子トーク合いの手となる春の海今治   京の彩

数珠子見て認めてながくなる話甲府南高  斉藤巻繊

春の菜を切りつつ母の叱りたり京都大   武田歩

砂となる途上の言葉春の月茨城  五月ふみ

麗らかに反りて彫刻刀の屑愛知 四條たんし

乳房を這う青筋や春の雷秋田  吉行直人

踊り場の鏡に夕日卒業す神奈川   ぞんぬ

草餅や家を貫く風の道静岡 桃園ユキチ

春愁の形の靴を履き潰す愛媛大    羅点

行く雁のこゑビル群にそれぞれ名東工大  長田志貫

水といふ膚ふつふつ寒造埼玉  伊藤映雪

舌出した絵の風船の回りたる東京  加藤右馬

卒園のハグをしていく流れでしょ松山  若狭昭宏

あげようか蒲公英の絮吹く権利洛南高   久磨瑠

触れられぬ高さを風船の清ら茨城   眩む凡

わらびもち三軒先はみづを売る神奈川 沼野大統領

てふてふが追慕のやうに捨て畑に三重 多々良海月

荷を置いて迷子になろう春の雲神奈川  塩谷人秀

夜桜の影を踏んだら戻れぬよ松山  近藤幽慶

承和色の切符と伊賀へ春の空神奈川   岡一夏

 【嵐を呼ぶ一句】

春風、そこになかったらないですね東京  池田宏陸

 遺失物を探す日常の場面。しかし、存在感のある読点が台本のト書きめく。景が劇中に変幻すれば、遺失したものは、ドラマを進める不可欠な小道具。

最新の青嵐俳談