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青嵐俳談

公開日:2024.04.19

[青嵐俳談]森川大和選

 「陽春」は染井吉野の交配種で、花が染井吉野よりも少し濃く、大きく豪華。病気に強く、寿命も長く、次代の桜ではないかとも言われる。その名所たる西条市丹原町の熊野神社を訪ねた。しかしどうやら花期が早いそうで、残念、散り切る最後だった。風はなし。樹間を垂直に降る、光の震えのごとき一片。遠く一片。樹々は高く、一山を広々と覆う。春の白樺林を思わせる。木漏れ日の桜若葉のドームの下を行って、返る。

 【天】

飛花落花洗顔すれば溺れそう兵庫  西村柚紀

 水を掛ける洗顔の動きが、花びらを掬い、空へ舞い上げる喜びに重なってくる。春の明るさに溺れ、いつもより目鼻耳口綻んで、余計に濡れる。それに戯れ、溺れそうだと把握して喜び、そのまま戯れている。

 【地】

外套を脱ぐ海の青空の青兵庫 染井つぐみ

 春隣の外套。日差し明るき日。ボタン外せば、裏地の絹の艶やかな深き青が、左右に開き、順に読者の眼を満たす。春の海の煌めき。いつしか春空の潤み。

 【人】

笑うには睫毛重たき雛人形京都大   武田歩

 物思いしつつ忍耐するかつての公家の姫君を思う。否、古今東西、老若男女かくあり。微笑むことのできない理由を、睫毛の重みに託したことで、かえってその内面に封じられた思いが、痛切に拍動する。

 【入選】

椅子すべて違う喫茶やクロッカス東京   ツナ好

溜め息の全部が石鹸玉になる松山  若狭昭宏

雀荘の窓へ夜桜押し寄せる埼玉  伊藤映雪

遠足日和退職日和塩むすび京都  佐野瑞季

弦いくつほつれ四月の楽器店東京農大  コンフィ

クレイシのひとつ春日のひとつかな神奈川   岡一夏

帆のごとく地図を開きぬつばくらめ洛南高   久磨瑠

続編は2年後花冷えの半券宇和島  海乃一夏

ずれて鳴るカスタネットや豆の花東京  加藤右馬

木筆咲くよく道順を聞かれます長野   里山子

わたくしにネーブルひとつ分の善福岡    横縞

配管のくびれに乾く春の土東工大  長田志貫

青空の被さる団地檻の蝶千葉  弥栄弐庫

入学児寝入りぬ爪を噛み減らし神奈川 沼野大統領

春愁といふモナ・リザのふくらはぎ大阪   ゲンジ

竜天に子はランドセル開け放ち東温  高尾里甫

残量の僅かなダムの名木の芽松山 ツナみなつ

穴掘りの終わりに春を惜しみつつ同   川又夕

春塵や船を楽団降り始め茨城   眩む凡

親指を結んでゆるむ手乗り蛇愛知 四條たんし

 【嵐を呼ぶ一句】

炎上の経験ありの新社員新潟  酒井春棋

 この書き方ならば、かつての少しの炎上だろうに、入社早々周囲から注目されるのは気の毒なものだ。今後はこんな履歴もあるのかと考えさせられる。

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